(25) Pass

 大河はアンと共に桟橋の事故現場に向かった。

 港湾の一角に、宅配業者のトラックが停まっている。事故といってもどこかにぶつけたりした様子では無い。ただ運転席のディスプレイが真っ赤な文字で埋め尽くされている。

 環境対策のためEVハイブリッド車以外の乗り入れを禁止されている人工島。周囲を行き交うトレーラーやコンテナトラックは音も黒煙も無く走っている。

 運転手らしき制服を着た男が、携帯に向かって基盤の故障だと喚いている横で、既に何人ものメッセンジャーがトラックに取り付き、中から荷物を取り出しては自分のメッセンジャーバッグに押し込んでいる。


 アン先輩も荷物の中からミカン箱ほどの大きさの箱を手に取り、メッセンジャーバッグに収められたタブレットを操作して伝票のコードを読ませている。

 ここ来るまでにアン先輩から簡単に説明されたが、宅配業者からメッセンジャーへの荷物の引継ぎはこれだけで終わるという。

 伝票のコードデータから得た荷物の重量と届け先までの距離を元に費用が割り出され、新しい伝票が作成されると同時に請求書まで作られる。

 誰が払うのかまで大河は聞いていない。運送会社の事故担当部門か保険会社か、それともドライバー自身の給与から天引きされるのか。

 ドライバーは荷物を引き継ぐメッセンジャーを一瞥もせず、携帯に向かってハイブリッドトラックの信頼性に関する罵倒の言葉を吐いていた。


 荷物の引継ぎはトラックの事故だけでは無い。巨大な船の形を模した海上都市は五つの区画に分かれていて、各々のメッセンジャーやその所属するカンパニーの活動範囲は異なる。

 右舷区画で請けた荷物を左舷や船首の端まで一人のメッセンジャーが運ぶのでは、輸送速度の維持や、空荷で自分の縄張りまで帰るコストを考えると望ましくない。

 そこでメッセンジャー必携のトランシーバーとタブレットの通信を用いて、他の区画を担当するメッセンジャーに荷物を引き継ぐ、大河もここに来るまで、右舷区画とブリッジと呼ばれる中央区画を隔てる道路の端で、二人のメッセンジャーが自転車を止め、時に走りながらバッグの中身を受け渡しているところを見た。


 どこかラグビーやアメリカンフットボールのパスを思わせる荷物の引き継ぎ。今日の相手はどこかのカンパニーに所属しトラックレーサーを漕ぐフォワードやミッドフィールダーではなく、息の根の止まったトラック。

 荷物を収めたアン先輩のメッセンジャーバッグが膨れてるのを見た大河は、自分にも荷物を運ばせてくださいと申し出ようと思った。

 両肩で背負うバックパックより大容量ながら運ぶ物の大きさが限られたメッセンジャーバッグ。先輩と自分のバッグを合わせればより多くの荷物を運べるだろうと思った。

 伝票やメッセンジャーが歩合で受け取る輸送費は先輩のタブレットに付ければいいし、運び先の近い荷物を選び、先輩に道順を教えてもられば時間のロスもほとんど無いだろう。


 大河は荷物を背負い、走り出すアン先輩を呼びとめようと、一度上げかけた手を下ろす。

 今日の大河がすべき仕事は荷物を運ぶことではなく、運び方を知ること。道順やタブレットの扱いがまだ不安なまま、出すぎた真似をしするのは好ましくない。

 先輩に迷惑をかけるかもしれないからではなく、大河は先輩に自分が積極的な人間だと思われるのがイヤだった。

 アン先輩の望んだ仕事を粛々と片付け、余計なことはしない。それが大河の理想とする姿。


 一度トラックレーサーを発進させたアン先輩は、突然ペダルを踏ん張ってブレーキをかけ、トラックが止められている場所まで引き返した。

 自分も走り出そうとしていた大河は、座ったままでは足が届かないサドルから尻を外し、ペダルのトゥクリップから抜いた爪先を地面につける。

「やっぱりそうだ。これも同じビルの荷物よ。ちょうどいいわ大河ちゃんのバッグにも入れてくれるかしら」

 アン先輩はトラックの中にまだ多く残る荷物の中から、自分がバッグに納めた物より一回り小さい箱を取り出して、大河に渡した。

 大河はメッセンジャーバッグを体の前に回してフラップを開ける。箱の上面に貼られた伝票をアン先輩のタブレットに読み込ませようとしたが、アン先輩は大河のバッグからタブレットを抜き取り、大河に操作方法を説明しながら、画面を荷物引き継ぎのページに切り替えて伝票に当てる。


 画面には箱に貼られた紙の伝票と同じ形式の伝票が表示された。既に送り先は入力されている。

 ここで大河ではなく先輩の請けた荷物という扱いにすべく操作をやりなおせば、余分な時間を食う。大河は何も言わず自分のタブレットに表示された伝票を確認した後、実行キーをタップしてメッセンジャーバッグに収めた。それから荷物も詰め込む。

 メッセンジャーバッグを背中に回し、荷物の嵩に合わせてストラップを調整した大河は、先輩に親指を上げて準備が出来たことを伝えた。

 アン先輩は頷き、トラックレーサーで走り出した。大河も後ろから追う。

 大河は自分から進んで仕事をやるようなタイプではない。しかしアン先輩からやってほしいと言われたのなら異存などあるはずも無い。

 大河は自分のトラックレーサーの重いペダルを漕ぎ、無理のないスピードで走るアン先輩のトラックレーサーの後輪を、前輪で押すように走り出した。

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