(23) Forward
碁盤の目の市街を何度か曲がることを繰り返しながら、アン先輩はトラックレーサーを自転車道から歩道へと乗り入れさせた。
大河も後ろからついていく。アン先輩はスマホの地図や道路標示を見ることなく、雑居ビルの一つの前にトラックレーサーを停める。
今日は先輩の仕事を後ろから見て覚える研修の日。最初のうちは馴染めなかったこの島のどこか日本離れした道路構造と道順は、何とか覚えることが出来そうだと思った。
碁盤の目に整備された北米都市の道路が東西と南北でストリートとアベミューに分けられ、各々の道路に名前がついているように、この巨大な船の形をした島の道路には、船首から船尾へと貫く南北の道路に魚の名前、右舷から左舷へと通じる東西の道路には鳥の名前が付けられ、南北道路は左舷に行くに従って大きな魚に、東西道路は船首に近いほど大きな鳥になる。
例外は島の中央近くにある、ブリッジと呼ばれる区画で、そこだけ二重の同心円になっていて、この海上都市の役所支所と誘致された大手企業の事務所があるあたりを囲う内円の道路はイルカ通り、ブリッジと周囲の右舷、左舷、艦尾、艦首を隔てるような外円の道路はクジラ通りと言われている。
アン先輩が到着したのは、HotRingsが主に活動する右舷地区からクジラ通りを渡って少し入った、南北のハマチ通りと東西のウズラ通りが交差するあたり。慣れれば住所の番地を見ただけで通りの名前までわかるようになるらしい。
大河はアン先輩のトラックレーサーに並ぶように自分のトラックレーサーを停め、人が掴まるには低すぎ、犬を繋ぐには高すぎる手すりに自転車をロックする。メッセンジャーに物流を依存しているこの島特有の、西部劇の馬を繋ぐ柵を思わせる自転車用のロックバー。
建物の中に入るアン先輩についていく。ここでも先輩は接客というには無味乾燥すぎるやりとりをしながら、メッセンジャーバッグから荷物のファイルを取り出して渡す。
届け先は雑居ビルの一階にある生花店。普通の客には入れない花屋のバックヤードに入りながら、大河は荷受先の情報系企業と何の関係があるのかと少し興味をそそられたが、黙ってタブレットを出し、受け取りのサインを貰っているアン先輩を見て、運び屋は荷物に無駄な好奇心を抱かないものなのかと納得し、自分もそうしようと決めた。
前日から予約をしていたという最初の届け物を終えたアン先輩は、先ほど水売りの少女から得た情報を頼りに、島の東西を貫くオナガ通りを走って右舷の桟橋へと向かった。
途中でトランシーバーが鳴る。烏丸姉妹の姉、ミルの声。
「アンもう聞いてるでしょ?右舷の桟橋で宅配トラックが事故よ。荷物は全部メッセンジャーに依頼するっていうからとりあえず現場まで行って」
前方を走るトラックレーサーと喉元のトランシーバーから同時にアン先輩の声がする
「わかったわ」
それからアン先輩は大河を振り返って言った。
「こういう飛び込みで入る仕事のほうが多いのよ」
大河は頷いた。歩合で給料の入るメッセンジャー。仕事は多いほうがいい。
それまで大河が無理なくついていける速度で走っていたアン先輩の姿勢が変わる。大河を振り向くこと無いまま、トランシーバーから声がする。
「少し飛ばすけど?いい?」
大河も基本的な操作方法を習ったトランシーバーでアン先輩に返答する。
「先に行きます。先輩はついてきてください」
メッセンジャー初日の大河の出せるスピードを読みながらでは、先輩は自由に走れないだろう。それなら自分が先行すれば、先輩は今の大河が出せる最高の速度でついていける。アン先輩が振り切られることはありえない。
陸上部の練習で何度もやったこと。アン先輩はその時と同じように、言葉では返答せず右肩を少し下げた。二台の自転車が追い越しや並走を出来る広さの自転車道で、トラックレーサーを左に寄せる。
大河はトラックレーサーのサドルの上で腰を浮かす。ハンドルの下部を掴み、両腿と背筋のバネを意識しながらペダルを踏み下ろした。
トラックレーサーが大河の走ってほしい速度で進む。大河は尻を左右に振りながらアン先輩を追い越した。
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