(19) Weapon
大河が中古の白無地ヘルメットを被っていると、烏丸姉妹とロコが自分のトラックレーサーを事務所隅のスタンドから外している。
一般的なママチャリの半分ほどの重さ。古臭い鉄フレームながら高価な軽量パーツを使ったロードレーサーより軽い自転車を、皆は片手で扱っている。
ミルが手に持ったトラックレーサーを少し持ち上げ、事務所の床に落とす。ペペとロコも同じように自転車を落とし、音を聞いている。
メッセンジャーの仕事で使う自転車。走る前には面倒な点検をするのかと大河は思ったが、見た限りチェック作業はそれだけ。確かにブレーキも変速装置も無い自転車には、整備点検が必要なところがほとんど無い。
数少ないチェック事項となる前後タイヤの空気圧と各部品の緩みは、落として異音が無いか聞けば一発でわかる。最善かどうかはわからないが、一番面倒くさくない方法だと思った。
大河も皆に倣って自分の青いトラックレーサーを手に取る。やっぱり軽い。落としてみた。弾む音。異常無し。
ペペが自分のトラックレーサーの後輪を浮かしながら、ペダルを押してタイヤを回していた。
「そろそろリパックね」
ミルがペダルの回転軸を指しながら言う。ロコも自分の銀色のトラックレーサーのペダルを踏み、変速式自転車の緩いチェーンと違い、楽器の弦のように張られたチェーンを見ながら「油差さなきゃな」と言っている。
それで何をするでもなく、皆がそのまま身につける物の準備を進めている。整備完全な状態で出るのが当たり前の自転車競技じゃない。壊れても何とかなるところは壊れるまで放っておく。使える部品はその寿命まで使い切る。大河には何となく、それが生活のために自転車を漕ぐ彼女たちの流儀だということがわかった。つまり単にズボラなだけ。
自転車の準備が整った大河に、アン先輩が何か黒くて細長い物を渡した。手に取ると重い。リング状になっていて、鍵がついている。自転車やバイクの盗難防止ワイヤーロックだということに気付いた。
これをどうするのかと他の面々を見たら、みんな自分のワイヤーロックをジャージの腰に巻いている。大河も真似してみた。腰に巻くとかなりキツい。
「先輩。これサイズが小さいみたいです」
アン先輩は自分のワイヤーロックを腰に巻きながら言う。
「すぐにピッタリになるわよ」
大河は自分のウエストを見下ろした。受験で陸上競技から離れたことで運動不足になり、何より将来の不安に対するストレスでだいぶ贅肉がついている。このメッセンジャーの仕事はまだ大河にとって未知数だが、少なくともウエストがスリムになるのは望ましいと思い、キツいワイヤーロックを締める。
「出先で自転車を停める時はこれでロックしてね。このワイヤーはこてっちゃんの作業場にある油圧カッターでないと切れないから」
アン先輩がそう言いながら、社名がペイントされた赤いメッセンジャーバッグを手渡した。ストラップには、ちょうど背負った時に喉元に来る位置にトランシーバーが固定されている。
ベルクロの垂れ蓋を開けると、中にはタブレットPCが固定されていた。大河が指先で触れると、アン先輩が声をかけてくる。
「使い方は追々教えるから。簡単だから大丈夫よ」
大河は黙って頷いた。手に持っていると見た目より重いメッセンジャーバッグを、他の子を真似するようにたすき掛けに背負う。ストラップを締め上げた。
大河はこれから、先輩の作り上げた社の看板を背負って走ることになる。
まだ空っぽのバッグは、手に持っていた時より重かった。
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