(18) Swan

 たっぷりとした朝食の時間が終わり、各々が動き始めた。

 烏丸姉妹とロコは事務所の隅に並べられたロッカーを開けて、あれこれと取り出しては身につけている。

 社名がペイントされたお揃いのメッセンジャーバッグを背負い、色違いのヘルメットを被る。烏丸ミルは赤地にオレンジ色の鳥、ペペは青地にグリーンの双頭の蛇、ロコは黒一色だった。

 白銀色に赤い目玉がペイントされたヘルメットを取り出していたアン先輩が、ロッカーからもう一つのヘルメットを出して大河に差し出しながら言った。

「大河ちゃん、お仕事の道具について教えるからこっち来て」

 大河は素早くアン先輩の前に擦り寄る。仕事のためとはいえ、先輩に時間を浪費させている。少しでも早く先輩の手を煩わせない立場にならなくてはいけない。

 

 まずアン先輩はヘルメットを渡す。自転車用の流線型ヘルメットで、色は白無地。昨日も被ったので被り方やストラップの調整方法、バックルの締め方はもうわかっていたけど、昨日から気になることがあった。

 このヘルメットは使い古しのお下がり。中古品であることは気にならないけど、磨り減ったバックルが時々外れたり、ストラップが緩んだりする。それに、汚い。

 大河の懸念に気付いたらしきアン先輩が手を合わせながら言う。

「ごめんなさい大河ちゃん。今はそのヘルメットしか無いの。もう新しいヘルメットは注文しているから。大河ちゃんなら明日から一人前になれるだろうし、かわいいペイントをしてあげるから」

 この島では新人メッセンジャーは白無地のヘルメットを被るという暗黙のルールがあることは昨日教えて貰った。それを被っていると皆が優しくしてくれるとおうが、そっちは信じられなかった。 


大河は首を振りながら「これで大丈夫ですよ」と言う。時々緩みに気をつけていれば頭から飛んでいくことは無さそう。

 ただ、白いペイントがだいぶ汚れてるのは、自分が醜いアヒルの子扱いされているみたいであまり気分よくない。先輩の言う通り一刻も早く白ヘルメットの見習いを脱し、自分を白鳥にしてくれる新品のヘルメットを被れるようにならなくてはならない。

  

 狭いロッカー前。隣で体育館履きの靴紐を結びなおしていたロコが、背を伸ばして大河のヘルメットを平手で叩きながら言う。

「お前なんか当分の間、白帽で充分だ」

 大河はロコの黒無地のヘルメットを掴み、左右に振る。大河より二十cmは背の低いロコが「わわわわわ」と言いながら振り回される。

「あんたも見習い?」

 ロコは自分のヘルメットを両手で抱えながら言う。

「あたしはまだペイントが決まらないんだ!一緒にするな!」

 ミルがロコの頭をヘルメット越しに撫でながら言う。

「わたしがロコちゃんのためにシルバーのペイントをしてあげようとしたら、気に入らないって言うのよ」

 ロコはミルにヘルメットを突きつけるように言った。

「黒はわたしの色だ!」

 ペペがロコのネズミ色のジャージを指先で摘んだ。やや光沢のある生地で、光の加減によってはシルバーグレイにも見える。

「ロッコ、銀、似合う」

 ペペはそれでも「黒だ!あたしは黒以外身につけないんだ!」と言いながら、事務所の隅のスタンドに架けられている自分のトラックレーサーに歩み寄る。これも銀色。

 黒のジャージはアン先輩が使っている。ロコは少し羨ましそうな目でアン先輩の黒いトラックレーサーを見た。

 

 大河は何となく、このロコという黒い少女は、ヒーローを気取ったつもりが小悪党にしかならない役回りに見えた。もしも白いヘルメットを被った自分が白鳥なら、続いて思い浮かんだ考えに、思わず吹き出した。

 このちびっこい奴が黒鳥のオディールだなんて、それこそ黒塗りが剥げて銀の下地が見えているような、安っぽい紛い物にしかならない。


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