(15) Attend
普段の適量より多い夕飯を食べ終えた大河はこのまま動きたくない気分だったが、他の四人の動きで、どうやらそうは言っていられない雰囲気だということがわかった。
烏丸ミルとペペも、ロコも食べ終わった夕飯の紙箱とプラスティックのレンゲをゴミ箱に捨て、面倒くさそうな様子で事務所の階段を上がっていく。
皆と一緒に階上に行きかけたアン先輩が大河のところに引き返して、後ろから両肩をポンと叩きながら言った。
「ノルマ消費の時間よ」
大河も重い体を起こして椅子から立ち上がる。まだ見習いながらメッセンジャーの仕事を終え、夕食が済んだ後で行かなくてはいけない場所があることはわかっていた。
「これから学校ですね?」
ロコはついさっきまでメッセンジャーの仕事をしていた時とは打って変わった、死んだような目をしていた。ミルは階段を上るのをイヤがるように歩みが遅くなるペペの背を押していた。
アン先輩の表情は昼間と変わらなかった。他人からは目の前の仕事を活き活きとこなそうとしているように見える、よそいきの笑顔。
大河は自分が今、どんな顔をしているんだろうかと思った。きっと、この島に来た時に感じていた、新しい学校に入ることへの不安や緊張は現れていないんだろう。事実、今日は昼間に色んなことがありすぎて、緊張なんていう暇人の感情には縁の無い状態だった。
アン先輩の案内で連れて行かれた事務所の階上は、ここで働くメッセンジャーの住み込み寮になっていた。五階建ての雑居ビル。三階から上は別の会社が賃貸しているが、在庫倉庫として使われていてほとんど人が来ないらしい。
大河に宛がわれた部屋は個室だった。ビジネスホテルを思わせる四畳も無い部屋。一応ベッドとデスク、ユニットバスがある。集中冷暖房が効いているらしく、外は日が暮れた後も晩春の熱気が残っていたが、室内は定温が保たれていた。
「ごめんね狭くて。荷物、入りきらないようなら倉庫があるから」
アン先輩の言葉に、大河は首を振りながら答える。
「これくらいがちょうどいいです」
後日届く大河の荷物も、ダンボール三つ分ほど。元より地元から夜逃げしてきた身。そう多くの物は持ち出せなかった。
「三十分くらいしたら登校だから。それまでシャワー浴びて準備してね」
鍵を渡された大河はアン先輩にお礼を言ってドアを閉じる。言われた通りシャワーで汗を流した後、困ったことに気付いた。
着替えが無い。
手持ちの荷物は最低限の物しか持ってきていない。この島に来た時に着ていた中学のブレザー制服を着ていくわけにもいかないだろう。 他に服があるとすれば。そう思って大河はベッドの上を見た。さっき脱ぎ散らかしたブルーのジャージと体育シャツがある、その横にはクリーニング店のビニール袋に入った数枚の替えジャージ。明日から大河の仕事着となる服。
とりあえずジャージと体育シャツを身につけた大河は、誰かに服を借りようと思って廊下に出た、借りられなければ事務所のロッカーに置きっぱなしの中学制服を着て行って、編入初日にちょっとした羞恥を味わうしか無い。
大河がドアを開けて廊下に出ると、烏丸姉妹が居た。
「大河ちゃん早いわね。じゃあロコちゃんも呼んで、行きましょうか?」
大河に愛想よく話しかけたミルも、何も言わず姉の横から大河の横に来たペペも、色違いのジャージに体育シャツの仕事着姿だった。
「この格好で行くんですか?」
ミルは苦笑いといった感じの笑みを浮かべながら言う。
「最初はお洒落して行こうとかあれこれ考えてたんだけどねー、結局これになっちゃう」
ペペが自分のグリーンのジャージを自慢するように指で摘んで見せる。
「学校。寝る時。仕事。遊び」
そう言って親指を立てるペペ。つまり全部これで充分ということらしい。大河は自分もそうなるんだろうかと思った。騒々しい音と共に大河の隣の部屋のドアが開く。
「待って待って待って置いてかないで!」
ロコが部屋から出てきた。左右で結んだ髪は、シャワー後に慌てて結ったらしく乱れている。
大河は自分だけでも、仕事以外の時までジャージで済ませるようにはならないようにしようと思った。メッセンジャーを生業とする者としては合理的だけど、女として大事な物を失う。
烏丸姉妹とロコと共に大河が階段を降りると、事務所にはもう準備を済ませたアン先輩が居た。やはり膝上丈のジャージに体育シャツ姿。どんなにボディフィットしたドレスよりも体のラインを正直に見せる服。
大河は、学校に行く時はこの格好も悪くないと思った。
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