(14) Supper

 大河とアン先輩が買ってきたテイクアウト中華で、正餐の時間が始まった。

 二人が事務所に戻ると、既に横長の折りたたみテーブルが広げられていた。お茶を淹れていた烏丸アンが顔を上げて言う。

「お帰りなさい」

 事務所のドアが開く音を聞いて階段を駆け下りてきた牛海老ロコが「遅ぇぞ!」と言ったが、大河に言うつもりが先に事務所に入ってきたアン先輩を怒鳴りつける格好になってしまう。

 間違えて主人に吠えた犬のように慌てているロコにアン先輩は手を合わせて「ごめんなさいね。結構混んでたの」と言う。

 アン先輩に続いて五人分の紙箱を下げ大河が事務所に入ってくると、テーブルの周りに並べられたパイプ椅子の一つに体育座りをしてうつらうつらしていた烏丸ペペが顔を上げる。今にももう一度眠ってしまいそうな様子のペペを、姉のミルが座りなおさせている。


 ビニール袋に入ったテイクアウトの紙箱を大河がテーブルに置くと、ロコが待ちきれないといった様子で箱を自分の前に引き寄せ、さっそく開けようとしている。

 大河は自分の座る場所がどこなのか少し迷ったが、テーブルに置かれた色違いのマグカップが、各自の自転車のカラーと同じだと気付き、ブルーのマグが置かれたアン先輩の隣に座る。

 大河が目の前のマグに触れると、ミルがジャスミン茶を淹れながら言う。

「気に入ってもらえたかしら?」

 大河はビールやコーラの缶が丸々入りそうなマグカップを差し上げ、ミルに軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。とてもいいカップです。お替りを入れる手間が省けそうなのがまたいい」


 くすくす笑うミルの横に座るペペは、相変わらず目つきの悪い視線で大河のことを見ていたが、自分のグリーンのカップを突き出しながら口を開いた。

「味噌汁」

 飲む仕草。

「ラーメン」

 箸で啜る仕草。

「シリアル」

 スプーンで何かを食べる仕草。

「二日酔い」

 カップの中に何かを吐き出す仕草。

 大河はこの言語能力に難があるのか、それとも不必要な発声を最小限に留めるエコ運転をしているのかわからない少女の言いたい事を理解するのに少し時間を要したが、要するにお茶を飲むだけでなく色んな用途に使える最適の容量だということはわかった。

 大河が了解を示してニコっと笑うと、ペペは獲物を解体している最中の猟奇殺人者のような笑顔を浮かべる。女としての魅力という意味では、普段の仏頂面ほうがマシだと思った。


 紙箱を開け、添えられたプラスティックのレンゲを持ったロコが待ちきれない様子といった感じでアン先輩を見ている。スマホを手に買い物の間に入ったメールを見ていたアン先輩は、メールチェックの仕事を切り上げて言った。

「いただきます」

 その言葉と同時に、皆が一斉に紙箱に詰まった、あんかけチャーハン白身魚フライ添えを食べ始める。ロコは凄い勢いで紙箱にレンゲを突っ込みんでいる。

 ミルは紙箱の横の差し込みを外して広げている。テイクアウト中華でよく見かける紙箱は、広げて紙皿にするのが正しい食べ方だということは大河も知っていたが、律儀にそうしている人を見るのは初めてだった。

 アン先輩は箱のまま食べているので、大河もそれに倣う。ペペは姉のミルと同じように紙箱を広げて食べているが、食べながら眠そうにしていて姉のように上品では無い。


 夕飯の席での話題は、食事が始まるなりデリカシーのかけらも無いロコが大河に聞いた「なんでここに来たんだ?」

 大河も特に隠すような事では無いと、家の事情で学費が払えず、働きながら高校に行くしかなくなったことを話す、

 中学の時の同級生にこの事を話した時は、一歩引いた同情と腫れ物扱いが混ざり合った微妙な空気になった気がしたが、目の前の四人は、大河の親が夜逃げした話でどっと笑い出す。

 どうやら陸上部仲間からの伝え聞きによると家出同然に親の庇護から逃げ出したアン先輩を含め、他の四人も似たような境遇らしい。

 大河もアン先輩に聞いてみる。

「いつもこうやって皆でご飯を食べているんですか?」

  

 背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま、大きな箱に詰まったチャーハンを旺盛な食欲で食べていたアン先輩が答える。

「朝食は各自が部屋で食べるわ。昼は仕事中に済ませる。でも夕飯はここで食べようって私とミーちゃんで決めたの。そうしないと夕飯抜きで学校行っちゃうから」

 アン先輩とミルが同時にペペを見る。また食事中に居眠りしそうな様子。ロコに拳でぐりぐりされ、昼寝を邪魔された猫のようにイヤがっている。

 大河はアン先輩の言葉で思い出した。この後、夜から授業の始まる高校に行かなくてはならない。

 アン先輩を頼って飛び込んでみた仕事場は、ライバルを自称する面倒くさい奴が一人居る以外は居心地悪くない場所だということを知ったが、新しいクラスというものに自分は溶け込めるんだろうか。

 昼はメッセンジャーとして走り回る四人が食べている大箱一杯のチャーハンは大河には多すぎたらしく、アン先輩には申し訳ないながら少し残そうと思ったが、大河は無理して紙箱に残ったチャーハンと白身魚を口の中に押しこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る