(13) Meal

 とりあえず、大河とこのメッセンジャーカンパニーを構成する他メンバーとの顔合わせは行われた。

 学生社長の亥城アン、長身金髪の烏丸ミル、その妹が小柄で陰気な烏丸ぺぺ、大河のライバルを自称する牛海老ロコ。そして今日からここのメッセンジャーになった佐山大河。

 総勢五人の会社は株式会社でも合資会社でもなく、この海上に浮かぶ学術産業都市の特区法制によって認可された、日本では現在新規設立が行われていない有限会社と、北米のクローズドカンパニーの性質を併せ持ったという特例会社。

 彼女たちが籍を置くポラリス学園は、諸事情で普通の高校に行けなかった若者にも等しく就学の機会を与えるため、学術の街に造られたという宣伝文句と、それに相反し芳しくない進学、就職率を埋め合わせるために、学生の起業を支援していた。

 それらの子供たちは、人より早く大人になる必要がある。

 自分で働いて学費を稼ぐなら、雇われの身より経営者の中抜きが無い仕事のほうがいいに決まっている。そんな非現実的な理論の元に、この海上都市の建設をどうあっても行政の無駄遣いという結果にしたくない静岡の地元資産家出資による財団が。起業学生を支援し、自治体も学費と生活費を稼ぐ程度の収益に対しては、税の減免その他の特典を与えていた。

 


 大河は、まだ自分に敵意を向けている牛海老ロコを適当に無視しつつ、新しい職場で自分が何をすればいいのかわからない居心地の悪さを味わっていた。

 それに、さっきまでアン先輩を追い、トラックレーサーを全力で漕いでいた大河の身に、もう一つの問題が発生し、早急な解決を要求する。

 大河の腹がぐぅ~と鳴った。

 昼頃にこの島に来る直前に、まだお嬢さまだった中学の頃には入ったことも無かったファストフードで昼食を済ませて以来、何も食べていない胃腸が空腹を訴えていた。

「お前いやしいな!豚だ豚!わたしとの勝負を逃げてから、走ることが出来なくなった豚野郎だ!」

 ロコは無礼な言葉を吐きながら大河を指差し笑っていたが、自分の腹がガゴゴゴゴ!と鳴って慌てて腹を押さえている。


 大河は顔を赤らめた。ロコのことは気に入らないながら気にはならないが、アン先輩の前で恥ずかしい姿を見せ、音を聞かせてしまった。

 アン先輩はクスっと笑って、トラックレーサーが立ててあったスタンドに歩み寄る。それからハンドル上部のホルダーに着けていたスマホを外した。

 部屋の隅に置かれたデスクでノートPCに向かい、事務処理らしき事をしていた烏丸ミルも立ち上がり、オレンジのトラックレーサーから自分のスマホを外す。

 烏丸妹のペペは居眠りしていたところをミルに優しくつつき起こされ、ふらふらと自分のグリーンのトラックレーサーに向かい、スマホを回収する。

 最後にロコが勿体ぶった様子で自分のトラックレーサーに近づく、隣に停めてあった大河の青いトラックレーサーを爪先で軽く蹴り、それから自分の銀灰色のトラックレーサーからスマホを外す。

 ドイツのレーシングカーや高性能市販車によく見られるシルヴァーグレイだけど、大河はこのロコという奴が乗ってると鉄のフレームに色を塗る金も無いようにしか見えないと思った。

 

 大河は自分のトラックレーサーを見た。ハンドルにスマホホルダーらしきものが付けられているが、スマホはさっき脱いだ中学制服のポケットの中。

 何かスマホが必要な仕事でもあるのかと思い、小走りにロッカーまで行って、ハンガーに架けられた制服からスマホを取り出す。ロコとは自転車だけでなくロッカーまで隣同士だったので、さっきの仕返しに扉を蹴る。

 大河がスマホを手に、皆の居るところまで戻ると、アン先輩は意外そうな顔をする。

「大河ちゃんはいいのに。今日入ったばっかりだし」

 いいと言われてもスマホで何をするのかもわからない。そう言ってる間に皆はスマホを操作し、一斉に画面を見せ合った。


 一番偉そうな顔でスマホを突き出したロコは、烏丸ミルのスマホを見て顔を歪ませる。アン先輩は控えめに自分のスマホを見せた。

 何をしているのかわからず戸惑う大河の横に、いつのまにか烏丸ペペが擦り寄ってくる。何も言わず横から手を突っ込んで大河のスマホを触り始める。 

 姉のミルが妹の唐突な行動を補うように説明してくれた。

「ここでは夕飯の買出しは、その日の走行距離が一番短かった人が行くことになっているの。大河ちゃんも明日からそうよ」

 ペペは黙って大河のスマホを凄いスピードで操作し、大河自身知らなかったGPS機能の階層を開いている。すぐに今日の大河の移動経路と距離が表示された。

 真っ先にロコが確認しにきた。ペペは押しのけられつつも大河の横を離れない。ミルがくすくす笑いながら言う。

「ペペはすっかり大河ちゃんがお気に入りみたいね」

 大河にはそうには見えなかった。ずっと陰気な目で大河を見ているペペは、大河が見返すと目をそらす。喉でも撫でてやろうと手を伸ばしたところ。まるで攻撃でもされたように後ずさりされた。興味を持っているけど懐いてはいない猫みたいだと思った。


「お前はもうウチの人間で給料貰ってるんだからな。公平に決めさせてもらうぞ」

 そう言いながら大河のスマホを見たロコの顔が固まる。大河のスマホに表示された今日の移動距離は、アン先輩とトラックレーサーで走っただけでなく、地元からここまで来た分も含めて表示されていた。

「ズルいぞ!ズルだズルだズルだ!」

 騒ぎ立てるロコの横で、アン先輩が自分のスマホを見せながら言った。

「今日はわたしね。すぐ買ってきてあげるからもうすこし待っててね」

 アン先輩に頭をポンポンと叩かれたロコは渋々ながらといった感じで大人しくなる。大河は自分のスマホをジャージのポケットにしまいながら、外に出ようとしている先輩を追う。

「あの、私も行きます」

 中学の陸上部では先輩に買出しをさせるなんて考えられなかった。それに、明日自分がビリの夕飯当番になる可能性が無くもない。

「いいわよ。場所も知っといたほうがいいからね」

 大河はアン先輩と買出しに出る前に、烏丸姉妹のスマホを見せて貰った。

 姉のミルが今日一日のメッセンジャーの仕事で走った距離は、大河が御殿場から鉄道とタクシーで沼津西浦沖まで来た距離より大きな数値が記録されていた。

 妹のペペも数kmの誤差でほぼ同じ数字。見る気は無かったが目に入ったロコは、その半分強。


 アン先輩と行った夕飯の買出し先は、事務所から歩いて五分ほどの距離にある、雑居ビル一階にある中華の弁当屋だった。

 四川でも広州でも無いアメリカン・チャイニーズといった感じのメニューで、客の指したおかずを店員がテイクアウトの紙箱に詰めてくれる。

 大河はアン先輩と出かけるのに、自分の膝丈ジャージと体育シャツという格好が少し気になったが、店に行くと集まる客はみんな同じような格好をした女子。同業者らしい。

 アン先輩が店員に「日替わり。トールで五つ」とだけ言うと、同年代の女子店員が大きな紙箱にチャーハンを詰め、上に白身魚のフライを乗せてトロリとした餡をかけている。

 一つで軽く二合は入っていそうな紙箱を五つ受け取ったアン先輩がスマホで会計している。他にもメッセンジャーらしき女子が競うように焼きそばや酢豚を買っていて、手が足りなくなったらしき女子店員は、背後のキッチンに向かって「社長!」と言う。

 奥から出てきて店番を手伝い始めたのは、やはり大河やアン先輩と同じくらいの年恰好の女の子。大河はこの子たちも自分の力で生きていく必要があって、学生起業したんだろうかと思った。

 先輩に荷物持ちをさせるわけにはいかないと思い、大河は五人分のテイクアウト中華が入ったビニール袋を持つ。アン先輩が弁当屋と、それに集まる体操着姿の女子を振り返って言った。

「みんな働いてるのよ」

 仲間の夕飯の詰まったビニール袋は、大河の手には少し重かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る