第4話

 バイトから帰る途中、歩きながら考えを巡らせた。


 あの日向先輩に彼氏が出来た。

 幼児が一人、発見された。


 これは、全て瑠衣がお願いしたプラマイスイッチによって叶えられた。

 物質的な願い以外にも叶えてくれることに驚いた。

 待てよ、バカ俊輔がお願いした牡丹餅は後から請求されると、アホ米田は確か言ったはず。じゃぁ、人事的こういうことに代償は請求されるのだろうか。

 気になり、居ても立っても居られなくなった瑠衣は、俊輔に電話した。

 ワンコールで俊輔は電話を取った。早っ。


「もしもし、俊輔?」

「ん? どうした、瑠衣」

「牡丹餅のことなんだけどさ、請求きた?」

「あーそのことかよ。それがどうしたんだよ?」

「いいから、どうなの」

「おい、なんでそんなにキレてんだよ」

「いいから、教えて」

 無意識だ。なぜか心拍数が上がる。もちろん、キレていたことも。


「そんなに知りたいか?」

「うん」

「実はな……」


 ゴクリ、と唾をのむ。もし、請求されたら、瑠衣の願いの代償請求が来るかもしれない。その前に、牡丹餅が実際に請求されるか知りたい。どのように請求されるのだろうか。いきなり黒ずくめの男たちが目の前に現れて、借金取りの様に請求にくるのだろうか。


「うん……」


 電話越し沈黙が生まれる。

 焦らしてくる俊輔に若干いら立ちを覚える。

 どうか、下手なシチュエーションじゃありませんように。




「後日先生にお金払えってさ」



「……は?」



 電話が開始されてから二度目の沈黙が生まれる。


「え? 瑠衣、何期待してたんだよ」

「いや、昨日聞いてなかったから、知りたくって」

「あーそういえば、瑠衣、昨日途中で帰ったから聞いてなかったよな」

「そう。詳しい話聞いてないんだけど」

「今電話で説明してやりてぇけど、あのスイッチの説明しようと思うと長くなるんだよな」


 意図的だ。いかにも、困ってますアピールをしていることが携帯越しに分かる。


「それ、一緒に飯食わないかって誘い?」

「おっ、さすが瑠衣くん。頭が冴えてるな!」

「はいはい。今月キツイのか?」

「そーなんだおよぉー! だから、お願い! 瑠衣! 俺を恵んでくれ!」


 片手は電話を持ち、もう片手は、ピンと伸ばして必死に訴えている姿が思い浮かぶ。

 すると瑠衣は、ため息を吐いた。俊輔は、漏れる吐息の重さに期待を寄せる。


「全く、もう。仕方ねぇーなぁ。材料費は割り勘だかんな!」


「おぉぉ……! さすが瑠衣! いや、瑠衣様っ……!」

 俊輔は眼を輝かせ、瑠衣を神々しく敬うように言った。 


「今すぐ一丁目のいつものスーパーに来い。分かったな?」


「おう! 分かった! ありがとな、瑠衣!」


 俊輔は三分経つか経たないぐらいの早さで目的地に着いた。その後、約三日分の食材を買い漁った。その後は、瑠衣の部屋へ行き、二人で俊輔の好物であるハンバーグとレタスとトマトのサラダ、野菜スープを作った。二人のどちらかの家計簿が苦しくなると、こうやって月に数回は材料費を割り勘して一緒にご飯を食べている。

 食欲を掻き立てるデミグラスソースの匂いとアツアツの湯気を一気に吸いこみ、目を輝かせる。「いただきます!」と二人で手を合わせて、勢いよく箸を進める。

 ものの数分経つと、お皿の上には、綺麗で何もなかった。


「はぁ~食った食った! 瑠衣の料理は本当に絶品だな!」

 俊輔は、壁にもたれながら自分のお腹を叩いて、ご満悦そうに言った。

「そんなこと言っても、何もでないよ?」

「んなこたぁ、分かってるって! んでも、美味いもんは美味いんだよ!」

「はいはい、ありがとう」

 瑠衣は、満腹で幸せそうな俊輔が四十代の飲み助じじいに見えてきて少し可笑しかった。いや、将来絶対そうなるだろうなと確信する。

 全てのお皿を回収し台所へ向かう途中、足が止まった。


「なぁ、俊輔。何か忘れてない?」

「え? 何だっけ」スマホを眺めてケラケラと笑っていた。

 すると瑠衣が意地悪そうに投げかける。

「五秒差し上げます。チッ、チッ、チッ」

「え!? いきなり!? えっと、あれ」

 だんだん誇張して追い詰めていく。

「チッ、チッ、チッ」

「ちょ、え、あ、あれだ!」

 俊輔が口籠っている間に食器を台所へ置き、居間に戻る。

「さぁ、答えは何でしょう」

「スイッチ! プラスマイナススイッチ!」

「はい、せーかい」

「よっしゃ!」ガッツポーズをする俊輔に瑠衣は、「まぁ、制限時間とっくに過ぎてたけどね」と鼻で笑って突っ込んだ。


「バカ俊。そろそろ本題に入ろうか。このスイッチについて色々知りたいんだけど」

「バカって言うな」

「バカにバカって言ってるだけでーす」

「死んだ目をしたサンマはお口チャックしてくださーい。教えませんよーだ」

「バカ俊のくせに的を得たこと言うな」

「あ、認めるんだ」

「脱線したので戻しまーす」

「おい、脱線させたの誰だよ」


 ミニテーブルの上に、まだ溶けていない氷が三つずつと麦茶が三分の二ほど入ったコップが二つ並んでいる。

「質問。このスイッチに、牡丹餅以外に何かお願いした?」

「してない。ちなみに言うけど、お願いじゃなくてインプットって言って」

「インプット?」

「そう。先生がそう言ってた。それに、このスイッチ、ただのスイッチじゃないんだってさ。AI機能が搭載されてるらしい」

「AI? あの先生がAIなんて最新技術を使える訳ないだろ」

「どうなんだろうな。俺も実際のところよく分かんねぇ。説明してたとき、ヘラヘラしながら言ってたから微妙だな」


 米田がヘラヘラしながら言うのは、どういう意図を持っているのか一番分かりずらい。その態度に三人は何度も悩まされた。その内訳は、半分本当で半分嘘だったと覚えている。


 ふいに、俊輔が聞いた。

「瑠衣、お前、インプットしたのか?」

 しばらく間をおいて頷いた。

「え? 何その反応。なにインプットしたんだ?」


 言っていいものか、悪いものか迷ったが瑠衣は口を開けた。


「一つは、バイト先の先輩に彼氏が出来ることで、もう一つが、行方不明の幼児が見つかること……。とにかく、物じゃない」


 俊輔は、固まった。頭の上には、Now Loadingの文字が浮かんでいる。

 すべて読み込み終えて、「はぁぁぁ!?」と大声で吃驚した。

「それで、実際にアウトプットされたのかよ!?」

 アウトプットの意味が分からず顔をしかめると、インプットした願いが実際に叶うことだと教えてくれた。

 意味が分かった瑠衣はコクリと頷いた。


「瑠衣、それさ……、代償、高く付くんじゃない?」


「……ですよね」


 ――それからもう一つ、瑠衣は衝撃の事実を知ることとなる。



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