第2話

 何とかバイトには間に合った。

 必死に走ったかいがあった。

 瑠衣のバイトはコンビニの店員である。

 キツイときもあるけど、時給がそこそこだし、自宅や大学から近いというのもあって、ここを選んだ。


「お、波田。珍しいな、遅刻なんて」

 ポニーテールで黒髪の二つ上の先輩、日向さんが声を掛けた。

「遅刻してませんよ。ギリギリ」

「そうかそうか、で、何で遅れそうになったんだ?」日向さんはダンボールの中の商品を探しながら言った。

「あのサークルに呼び出されて、いろいろ言ってたらバイトの時間に」

「また米田先生に呼ばれたのか。あの人また変なことやらかすんじゃないだろうね」

 米田はこの大学でいろんな意味で有名である。例えば、馬鹿とか。

 ちなみに、日向は同じ大学の先輩でもある。

「で、今回は何するの? 」

 商品を整理し終えた日向さんはレジに戻って聞いた。

「実験? みたいな?」

「何で疑問系なんだよ」

 いっそ、試してみよう。瑠衣は試しに聞いた。

「日向さん」

「なんだ?」

「もし、この世に自分が指定したものを増やしたり減らしたりできる機械があった

 何をしますか?」

「なんだ、急に」

 日向早織は眉毛のしわを寄せて、片手を腰に置き、もう片手の親指と人差し指で顎を挟む。

「出来るものなら、棚からぼたもち」

「マジか……」

 おい、俊輔と同じ思考回路かよ。同じこと考える人っているんだな。と瑠衣はつくづく実感した。

「ま、冗談だよ。その装置っておそらく何でも出来るんだろ?」

「まぁ、多分……」

「それなら、ありったけのお金があったらいいよな」日向さんは夢を語っているようだ。

「ちなみに、物だったらその分の請求は来ます」

「え、ダメじゃんそれ!!  じゃ、じゃぁ、彼氏欲しい」

「やっぱり、そうなりますよね……」

 この人、彼氏いなかったんだ。そんな気はしてた。あえて口には出さないが。

 やっぱり人って欲が溢れてますよね、とボソッと呟いた。

「おい、悟り開く前に手を動かせ」

「はい」


 バイトが終わった後、自宅に戻り、

「ただいま」

 と声を出すも、シーンと静まり、誰も「おかえり」なんて言ってくれない。

 実家暮らしなら母親が

「おかえり、瑠衣。今日もよく頑張ったね」

 と言ってくれるが、今はそんなことはない。

 一人暮らしはもうすっかり慣れたと同時に実家の温かさが身に染みた。

 母親の顔を思い出すと、肉じゃがが食べたくなってきた。冷蔵庫を覗くと、材料がほとんど無かったのでスーパーへ行くことにいた。


 ジャガイモ、人参、玉ねぎ、牛肉など手に取っていく。

「わああああんんん」

 突然、小さな女の子が自動ドアの横で泣き始めた。

「ど、どうしたの? お嬢ちゃん」

 周りに誰もいなかったので慌てて聞いた。

「お、お母さんが、ひっく、お母さんが」

「そっか、お母さんとはぐれちゃったんだね」

「うん」涙を拭き取りながら肯いた。

「お兄ちゃんが一緒にいてあげるから、お母さん、一緒に探そっか? 」瑠衣は笑顔で話しかけた。

「うん! 」


 女の子と手を繋いでスーパーの中を歩いた。

「お母さん、どんな服来てた? 」

「んーと、青と白のしましまのやつと、ジーンズで、青色のバッグ」少し泣き止んだようだ。

 要するに青と白のストライプのトップスということか。

「そっか、お母さんとどこら辺ではぐれたの? 」

「あそこ」

 女の子は指をさした。パンコーナーだ。

「そっか。パン見てたんだね」

「うん。食べたいパンを見てたら、お母さん、いなくなっちゃったの」

「じゃぁ、あそこら辺、行こっか」

 女の子は肯いた。

 僕らはパンコーナーに行き、パンや惣菜を見ていた。


「あんな!」

「おかあさん!」

 二人は抱き寄せ合った。

「おかあさああんん」

「ごめんね、あんな」母親は女の子を撫で、抱き寄せた。

「あ、ありがとうございました。この子をみててくれて」母親は頭を下げながら言った。

「あ、いえ! 見つかって良かったです」

 両手を左右に振りながら瑠衣は言った。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 泣きやんだ女の子は笑顔でお礼を言ってくれた。

「どうもいたしまして。お母さんに会えて良かったね」

 瑠衣はしゃがみ、女の子のあたまを撫でた。

「何か、お礼をさせていただけませんか? 」

「お礼なんて、そんな。いいんですよ」

「お母さん、パン、買ってあげて」

 女の子が指さしたのは、メロンパンだ。

「そうね。つまらないものですが、パン一つ好きなもの選んでください」

「いいんですか?」

 女の子の母親は、微笑しながら頷き

「えぇ。もちろん」

 と言った。この子も食べたいようですし、と加えた。

「じゃぁ、メロンパンで」

 母親がにっこり笑うと、なんだか照れくさくなった。

「お兄ちゃん、一緒にメロンパン、食べよ!」

 女の子は瑠衣の手を引きながらパンコーナーへ向かった。

「うん。一緒に食べよう」


 その後は女の子のお母さんが奢ってくれて、メロンパンを二人で食べた。

 最近、近くで幼児の行方不明事件が相次いでいるらしい。もし、我が子が行方不明になったらどうしようかと心配した、と母親が話していた。他にもたわいの無い話を三十分ぐらい話していた。

 食べ終わったあとは、二人はお礼を言って、どこかへ行ってしまった。

 自然と笑顔が出てくる。

 一人でも多く迷子の子が見つかるといいな、と僕は思った。

 もしかしたら、僕が女の子を放っておいたら、誘拐されてたかもしれない。あの子が無事お母さんの元へ帰れて良かったと心から思った。

「あ、肉じゃがの材料」


 作った肉じゃがとご飯を食べていると、プラマイスイッチのことを思い出した。手に取ってみると思った以上に軽い。

『このスイッチは、自分が指定したものを増やしたり減らしたりできるんだ』

 と、先生の言ったことを頭の中で繰り返した。

「これ…ドラ●もんのもし●ボックスじゃねぇかよ」


 まぁ、やってみよう。

 まずはプラスボタンを押した。


「棚からぼたもち」


 数秒たった。


 ボテっ


 今回もしっかり袋詰めされている。


「やべぇ、すごい」


「みんなプラスばっかだし、たまにはマイナスもあったらいいな」


 マイナスボタンを押した。


 今日の親子を思い出した。

「一人でも多く、迷子の子が減りますように」


 願い事、か。



 試しにプラスボタンを押した。

「日向早織さんに、彼氏ができる」


 無責任かな。まぁ、あの人にはいい彼氏が出来たらいいなと思っている。


 三つも押して請求の金額が恐ろしいし、何が起こるか分からないけど、まぁ、いいや。



 そんな甘い考えだった。



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