スイッチ

倫華

第1話

 大学の授業が終わり、夕方がオレンジ色に染まる頃、研究者の米田に”いつもの場所”に呼ばれた。


 ”いつもの場所”でたわいのない話をしているだけなのだが、今回は違った。


「今日もお疲れ、諸君」

「お疲れ様です」

「米田さん、今日はどうしたんですか? 急に呼び出して」

 米田は息を吸い、まじめな表情になった。

「今日、君たちに二つ、報告があるんだ」

 同じサークルの俊輔はわくわくしながら聞いている。まるで犬がしっぽを振っているようだ。もう一人のサークル仲間の黒田も楽しそうな顔をしている。

 どうせ、これも演技で何かくだらないことをしようと考えているに違いないだろう。

 そう思った瑠衣は、頬杖をたてながらテキトーに聞いていた。

「なんですか⁉ 今日は何するんですか?」俊輔がワクワクさせながら言った。

「また、小学生がやりそうな夏休みの研究のプロジェクトでも進めるんですか?」

 黒田が少しニヤつきながら言った。

「いや、今回は違うんだな~もっと別の事!」米田は自慢気だ。

「あ、もしかして、この前のペットボトルの請求書を割り勘の請求⁉」

 俊輔が言うペットボトルの請求書というのは、以前、ペットボトルロケットを最大で、どこまで飛ばせるか実験したペットボトルのことだ。特注の長いペットボトルを5本注文したが、お金のことは全く触れないまま終わってしまったのである。

「え、まさか、あれは先生の太っ腹な心意気でおごってくれたんじゃ……」

 黒田の質問に米田は、それは気にしないでいいよと答えた。

「波田君は、なんだと思う?」

 むすっとしていた表情を崩さず、微かに笑う。

「先生のおごりで焼肉パーティー」

 もちろん、冗談だ。

「おお! それはありがたい! 米田さん、焼肉おごって!」

 焼肉大好きな俊輔は身を乗り出して賛成した。

「やった! 先生、すぐそこの焼肉屋さんに行きましょうよ!」

 同じく焼肉大好きな黒田も身を乗り出して賛成した。

「それなら超高級焼肉店へ行って大人の焼肉を教わりましょうよ。焼肉の上にわさびを乗っけて頂くような感じの」

 棒読みで言うも、内心楽しんでいる。そして、ちょっと高級焼肉に期待している。

「わ、さ、び……! 大人の、焼肉……!」

「やべぇ、よだれがっ……」

 二人ともテンションが上がり、本気になっている。

「ちょっと待って! 何故話が勝手に進められているんだ⁉」先生は焦った。

「え? おごってくれるんじゃないんですか?」

 子犬の瞳のように目をうるうるさせながら黒田と俊輔は言った。

「べ、別にお、奢らない訳じゃないけど、今回は、違う!」

 米田先生は椅子から立ち上がり、僕たちの目の前まで歩いて、堂々と胸を張った。


「藤沢君、もし、指定したものを増やしたり、減らしたりできる機械があったら何をする?」

「増やししたり、減らしたりか……あ!」

「何々⁉」

「棚からぼたもち!」

「…え?」

「俊輔、それはないわ……」


 米田は話を始めた。

「ゲホン、諸君、君たちに実験をしてもらいたい」

「実験?」三人が口を揃えて言った。


「あぁ。実験というのは、今までにやってきた理科の実験ではない。この装置を使って実験してほしいんだ」


 先生は部屋の隅にある段ボールを持ち上げ、テーブルへ運んだ。

「装置?」と俊輔が聞いた。

「そう。これだ」

 渡されたのは、両端が円の形をしたダンベルのような形だ。

 両端の円に+(プラス)と-(マイナス)と書かれた丸いボタンがある。

 それを、持って米田は、

「現在の在庫には、グリーン、ピンク、ブルーの三色! どうです? 興味湧きました?」

 と、ジャパ●ットた●たの旧社長の真似をしながら説明した。

 手を持ってみると、思ったより軽かった。プラスチック製だろうか。


「じゃぁ、俺ブルー!」

 俊輔がブルーを取った。

「私はピンクにしようかな」

 黒田がピンクを取った。

「じゃぁ、グリーンで」

 瑠衣はしぶしぶ余ったグリーンを取った。


「よし、君たちが手に取った装置はこれからの実験に使ってね」

 

 先生はさらに説明を始めた。

「この装置はさっき俊輔に質問したように、何かを増やしたり、減らしたりできる装置なんだ。これを僕は、”プラスマイナススイッチ”、通称『プラマイスイッチ』と呼んでいる。じゃぁ、試しにプラマイスイッチを使ってみようか。俊輔君、プラスボタンを押して『棚からぼたもち』って言ってみて」

 俊輔は言われたとおりにした。

 ポチッ。


「棚からぼたもち」


 すると、スイッチの真ん中に、「Output OK!」の文字が映る。


 数秒がたった。


 ボテッ。


「ふぁっ⁉」

 音が鳴った方へ行ってみた。

 瑠衣が、俊輔の名前を呼ぶが、俊輔は返事をしない。もう一度呼ぶと、それを遮って俊輔は吐露し始めた。

「や、やべぇ……!」

 全員が息を飲んだ。

「ほ、ホントに、ぼたもちだ…!」

 俊輔は黄色い歓声を一人で上げていた。

「う、ウソだろ⁉」

 瑠衣は半信半疑で聞いた。

「しかも…丁寧に袋詰めされてる! 」

 黒田と俊輔が感動したのは袋詰めされていたことが八割を占めている。

「米田さん?」

 瑠衣はまた変な発明をしたか怪しくなって、米田の顔を見た。

「ふっふっふ~すごいだろ? このプラマイスイッチ」

「先生、ぼたもち食べていいですか!」

 ギュルル、と俊輔の腹の虫が鳴る。

「あ、そこ? まぁ、どうぞ。召し上がれ」

 俊輔は高速で袋を開けた。

「う、うまい!」

 俊輔が美味しそうにぼたもちを食べるのを見ると、瑠衣と黒田まで食べたくなってきた。


「ちなみにそのぼたもちはあとで請求がくるので、ご心配なく」

 米田は棒読みで言った。

「あ、おごりじゃないんだ」

 ふと気が付くと夕日は沈んで、暗くなっていた。

 時計を見るともう六時を回ろうとしている。

「やっべぇ、もうバイトの時間だ」

「もうそんな時間か」

「すみません、先に失礼します」

 僕はプラマイスイッチを高速でバッグの中に入れて部屋を出た。

「お気をつけてー!」

「じゃぁな! 気をつけろよ」

「バイト遅れないようにね」

 そう三人は僕に声をかけてくた返事の代わりに手を挙げながら走った。


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