エピローグ
こんばんは。私はルコ・アストリア。地球からの移民3世よ。ずいぶん昔に、宛先のないメールを宇宙に流すのが流行したことを思い出して、またメールを書いてみるわね。
私は、地球から移住先を探して旅立った宇宙船GET2で生まれ育った移民3世。GET2は、支配層が暮らすAクラスと、被支配層が暮らすBクラスに分けられていて、私はAクラスに住んでいたの。Aクラスを養うために労働をさせられていたBクラスの人々と、自由に生きることができる世界を夢見ながら。
Aクラスで、私は何不自由のない幸せな少女時代を送っていたわ。優しい両親に大事に育てられてね。でも、穏やかな暮らしはある日を境に変わったわ。
人見知りで内気な私は友人も少なくて、家にこもりがちだったの。そんな私が、ある日たったひとりで開放エリアを訪れることになったの。AクラスとBクラスの人々が唯一一緒に過ごせる場所、それが開放エリアだった。一緒に遊びにいくはすだった友人が来れなくなって、私はひとりで開放エリアに向かったの。人生最初の大冒険よ。そこで、私は彼と出会った。Bクラスで暮らす彼は、家に引きこもっていた私をいろんな場所へ連れ出してくれたの。
彼と過ごすようになってから、私は自分が住んでいる世界の異常さに気づくことになったわ。大好きな彼と一緒に過ごせない。それどころか、被支配層である彼と交際したことで、私はいじめや差別を受けたわ。とても辛い経験よ。
移住先の惑星を探したり研究したりする人々が住むAクラスを支えて、宇宙船の運航を担うのがBクラスだったの。早い話が、BクラスはAクラスを養うための労働力でしかなかった。だから、Bクラスの居住船の周回速度を速めて、流れる時間を倍にしていたの。すると、どんなことが起こると思う? Bクラスの人々に流れる時間はAクラスの倍の速さ。労働力である人々が次々に供給されていった。
地球を旅立つ時に結成された移民政府は、きっと最初からAクラスとBクラスの支配構造を決めていたのね。人々はクラスの間を自由に行き来することはできず、移民政府に逆らうことはできないようになっていた。それでも渦巻く不満を解消するために作られた交流空間が、開放エリアだった。でも、今思えばこの開放エリアがあったおかげで、人々は希望を失うことなく生きることができていたのよ。
だけど、今思い出しても辛いわ。Bクラスの彼と、見えない未来に怯えながら過ごしていた時間は。それに、彼が私の倍の速さで年を取っていくのを見ているのは、本当に辛かった。
そんな不安な日々を過ごしていた私たちに、運命の歯車が突然動いたの。クラス間の無断移動は厳しく取り締まられていたけれど、それでも自由を求める人々は危険をかえりみずに離脱していった。そのひとりが、GET2の英雄、ヤン・イェン・ヴェッガだった。
彼は宇宙空間で繰り広げられる疑似戦闘スポーツ、アストロファイトのエースパイロットだったのだけど、ある日突然Bクラスを離脱。それから、GET2はにわかに移民法改正を求める動きが活発化したの。
時代が急激に変わっていくのを、私たちはこの目で目撃することになったわ。特権階級が住まう支配層のAクラスでもクラスの開放を求める動きが激しくなり、これまで搾取されてきたBクラスでも当然のように移民法の改正を求めるようになった。だけど、百年の間私たちを縛り続けてきた移民法は簡単には変わらなかった。だから、人々はやむなく力で訴えることにしたの。これまで抑えつけられてきた力は、とてもすさまじいものだったわ。
革命は、クラスを離脱した人々を中心に起きたわ。そして、一般の市民にも立ち上がるよう呼びかけたのが、絶大な人気を誇っていたラジオパーソナリティーのユェンだった。人々は船内の主要建造物を次々と占拠し、移民政府に移民法の改正を要求したの。政府もすぐに応じることはなかったけど、数日の膠着状態を経て、やがて政府は解体。革命は成されたわ。
でも、本当の戦いはそれからだった。
旧政府と革命派が中心となって、移住するために惑星の選定が行われたのだけど、呆れたことに移住可能な惑星はすでにいくつも発見されていたらしいわ。結局のところ、Aクラスを中心に形成されていた移民政府は惑星に移住することを目指すことなく、支配層で怠惰な生活を送ることを願っていたわけよ。
それはともかく、人々はもっとも居住に適した惑星を決め、そこへの移住を目指して動き出したの。実際に惑星まで移動し、コロニーを建設してその大地に降り立つまでに10年かかったわ。
でも、あの日の感動は今でも忘れないわ。どこまでも続く赤茶けた大地。人々を包み込む青い空。そのどちらもこれまでにはなかったものよ。
加工されていない大気と、経験のない重力。人々にわけ隔てなく流れる時間。入植したばかりの頃は皆苦労したわ。大変な時代だったけれど、とても活気に満ち溢れた時代でもあったわ。
そして今、私はようやく穏やかな時を過ごしているけれど、最近少し寂しい出来事があったわ。惑星での暮らしになじめなかった一部の人々が、再び移民船に乗って旅立っていったの。いえ、「移民」ではないわ。「放浪」の旅よ。彼らはもう、どこまでも広がる宇宙空間に漂う狭い宇宙船でしか暮らすことができなくなってしまったのだから。
私はどんなに過酷な土地であろうとも、皆の力で勝ち取ったこの大地を離れるつもりはないわ。事実、ここに留まる人々の方が多い。
そうそう。この惑星は砂と岩石を中心とした惑星なのだけど、少しだけ「海」もあるの。その海を少しずつ拡張して、私たちの故郷である地球のように青い星を目指しているの。でも私は、様々な贈り物をくれるこの赤い大地が好きよ。私のような考えを持つ人々も多くて、いつしかこの惑星は「
まぁ、もうこんな時間だわ。明日は朝が早いの。大事なお祝いをする日。30回目の結婚記念日だから!
ああ、大事なことを書き忘れるところだったわね。私、Bクラスの彼と結婚したの! 本当に嬉しかったわ。
彼とは、テール・ルージュのコロニーに移住した年に結婚したの。それからは一緒に同じ時間を過ごすことができたのだけど、それまでに彼は年を取り過ぎてしまったわ。
出会った時、私は15歳。彼は20歳だった。結婚したのは私が30歳の時で、彼は50歳。同じ時間がスタートしたのは、その時からだった。
本当に、今思い出しても素晴らしい時を過ごせたわ。苦しいことの方が多かったけれど、それでも彼と一緒に、そう、同じ時間を生きたのだから!
明日は、これまでのたくさんの思い出と一緒に出かけてこようと思うわ。まずは移民船上陸記念碑。その後で、お墓参り。
彼は、一昨年亡くなったの。78歳だったわ。亡くなる前に、自分が死んだら再婚してくれって言われたのだけど、断ったわ。若い頃は思うように会えない日々を過ごして、ようやく一緒になれたのよ。これぐらいのわがままは許されてもいいでしょ?
それにね。私、とっても素敵なお話を聞いたの。私たちの故郷地球に伝わる古い信仰に、輪廻転生という考えがあって、魂は何度でも蘇り、生命を得て再び出会えるんですって。素敵でしょう!
だから私は彼に言ったの。次の人生はあなたの好きなように生きて、充分に楽しんできて。そのまた次の人生は私と一緒に生きましょうって。今度は、最初から同じ流れの時間の中でね。
今頃彼はどの惑星で、どこの宇宙で、どんな人生を送っているのかしら。彼がいない時間はとても寂しいけれど、必ずまた会えると信じているわ。だから大丈夫。それに、子どもや孫たちがいるからにぎやかに過ごせるわ。血のつながりはないけれど、皆私の大切な家族よ。
私と彼は、結婚生活をスタートさせるのが遅かったのもあって、子どもを授かることができなかったの。でも、革命の混乱で孤児がたくさん遺されてしまって。私たちは、そんな孤児の兄妹を引き取ったの。ふたりとも元気に立派に育ってくれたわ。あの子たちは、彼と私が生きた証よ。
あら、孫がホットミルクを持ってきてくれたわ。そろそろ休まないとね。
最後に。
このメールを受け取って、最後まで読んでくれた誰かへ。彼と子どもたち、そして孫たちと一緒に撮った写真を添えておくわ。宇宙の片隅で、苦労をしながらもささやかな幸せをかみしめながら生きている人々がいるんだってことを、知っておいてほしいの。
そして、このメールを読んでくれたあなたも、幸せな人生を歩めますように。心から願っているわ。
送信
満天通信 カイリ @kairi_elly
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます