古衛先輩

 公園内をウロウロキョロキョロしているその男は、確かにオレが進学する黄陽高校の制服を着ていた。高校も春休みであることを考えれば、部活か何かで登校して、その後にこの公園に来たということであろうか。無邪気に遊ぶ子供たちと同じスクリーンに存在しているのにもかかわらず、オレの目の中で、その男の姿は異質に際立っていた。


 肩に掛かりそうな髪は、男にしては長いといえるが、妙にその男に似合っている。遠目に見ても、その美しさと細さが認識できるそれは、8割が漆黒であり、2割――主に向かって右側の前髪あたりが、白に近い銀であった。普通に考えれば――お前は関口宏か!――とツッコミを入れたくなるような異質であるが――それが自然なのだ――と何故か納得させられてしまった。


 肌の色が病的に白いが、長い睫毛が、細めに大きい目の輪郭を際立たせていて、スッと高い鼻と、色濃い唇が目立っており、いっそ精悍なイメージを受ける。所作にキレがあるからか、服の下の体は筋肉質であることが想像され、総じて――美しいが、男だ――と断定的にオレは、それを男だと認識していた。


 どうやら何かを探しているらしいその男は、公園に茂る雑草を掻き分けたり、ゴミ箱の中を覗いたりしている。普通に考えて、その行動は、不審者のそれでしかありえないのだが、オレを含めて誰も不審に感じていないのは、その美形所以の特典なのだろうか。


 ――おっと、目があってしまったぞ


 目を離すことができず、その男を観察を続けていたオレの目が、その男の美しい目と視線を交差させた。男は少し双眼を大きくしてオレを凝視すると、ツカツカとこちらに向かって歩いてくる。


 ――なんか…ヤバイ……かも?


 不良の類の要素は見て取れないが、なんとなく身構えてしまう。――なぜ見ていたのか――と問われたら、答えに窮するのは目にみえていた。心臓が高鳴る。下を向いてやり過ごそうとしても、なぜか目線が固定されて外すことができない。


「ねぇ君?」

オレの座るベンチの間近に到達したその男が、口を開いた。注がれる声は、ピンと張った鉄線を弾いた音のように、美しくも固く、オレの耳に響いてくる

「あ……」

呆けたように口を開けることしかできないオレに、その男は微笑みを渡す

「ごめんね? 突然声を掛けてしまって……。ちょっと気になってしまってね」

険を含まないそのセリフに、ようやっと安堵できたオレは、辛うじて笑みを――かなり引きつった笑み――を返した

「えっと、なんすか?」

「君は……一体何者だい?」

「は、はぁ!?」


 予想もしない問に思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何者といわれても、別に何者でもないのだが…

「えっと、何者って言われても……」

「おっと、ゴメンね。そうか、普通の人間なのか……いやしかし……」

語尾を濁してブツブツと自問自答をする男をみて、さすがにムカムカと腹が立ってくる。初対面でいきなり、失礼な物言いだと思い、少し険を込めてその男睨んでみた。


「あ、そうだね。失礼だったよね。ゴメンね」

む、案外いいヤツっぽいぞ。非を認めて素直に謝る人間は、とても好感が持てる。いつもなら<<気に入った相手>>に対しては、一歩退いてしまうオレだが、この特殊な出会いと意味不明なやりとりからか、何故かむしろ距離を縮めたくなっていた

「黄陽の……人ですよね?」

「うん、そうだよ。黄陽高校1年、いやもうすぐ2年生になるのかな」

「オ、オレ、もうすぐ黄陽に入学するんです」

「お!? そうなのかい! それじゃぁ同門の徒ってことになるね」

人好きのする笑顔を見せて――なんとなく嘘っぽいが――その男は右手を差し出してくる。握手を求めてきているらしいので、そっとその手を握ると、およそ予想外に冷たかった。


「僕は、古衛流輝(ふるえるき)だ」

「ふるえるき……?」

申し訳ないが、姓名の境がいまひとつ認識できないぞ

「古いのフルに、衛兵とか防衛のエイでフルエ。流れる輝きでルキ。フルエ……ルキだ」

オレの疑問を感じ取ったのが、ご丁寧に名前の漢字を説明してくれる。オレもその誠実には誠実で返さねばなるまい

「オレは比賀顕悟(ひがけんご)。比べるのヒに加賀百万石のガでカガ。顕微鏡に悟るでケンゴです」

「顕悟か……よろしくな、後輩」

「よろしくです、先輩」

なんかめちゃめちゃスムーズに距離を詰めることができた。オレにとっては奇跡的であるといえる。ついでだから、さっきの問答について聞いてみることにしよう


「あの、<<何者>>ってどういう意味ですか? それに普通の人間って……?」

「ああ、フフフ。ちょっと君に<<異質>>なものを感じてね」

「もしかして……オレの事故のこと、知っているんですか?」

「事故? なんだい?それは」

オレは古衛先輩――そう呼称することにした――に、幼少の頃、オレが体験した話をした。フンフンと興味深げに聞く所をみるに、オレのことを知っていて<<普通の人間>>などと確認して来たわけではないようである。


「なるほどねぇ。それは不思議な体験だ……」

「……ゾンビみたいで、引きますよね?」

「ん? どういう意味だい。助かってよかったじゃないか」

ウンウンと得心したように頷いた古衛先輩は、突然、オレの目をじっと覗き込んでくる

「時期的には合致するな……その可能性は考えていなかった。しかしそうなると、どうすればよいやら……」

なにやらブツブツと独り言をはじめたようだ。少なくともオレに語りかけてきているわけではないことは、明白であった

「古衛……先輩?」

「おっと、ちょっと自分の世界に入ってしまっていたようだね。ゴメン、なんでもないよ」

一瞬困ったような表情を見せた古衛先輩は、すぐに笑みを浮かべてオレから視線を外す

「僕はね、黄陽学園で『秘学研究会』という同好会に所属しているんだ。よかったら遊びに来てくれたまえ。そそれじゃぁ…またね」

もう少し話しをしてみたかったのだが、引き止めることは許されない気がして、オレは古衛先輩の背中を無言で見つめることしかできなかった。


――ヒガクケンキュウカイ


その音だけでは、漢字が連想できないので、何の研究をしているのかさっぱり判らない。だが、入学したら古衛先輩に会いに行ってみよう、オレはそう思ったのだ。

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ヒガケン~黄陽学園秘学研究会~ 亜嗚呼 @ashokulog

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