2章

流輝との出会い

 卒業式の次の日、早速ウキウキと陽菜を預けに来た貴子は、矢のように単身赴任の旦那の元へ去っていった。いや、身内だからとフォローするのではないが、貴子に育児放棄のきらいがあるというわけではない。実家に対する信頼と、陽菜がそれを苦にしない、人懐っこい正確であることを見越しての行動なのだ――と思う。単身赴任中の姉の旦那は、週末にはいつも、姉の元に帰ってきていたのだが、それでも、子持ちとなった今では、2人きりになれる機会というのは少ないのであろう、嬉しそうにしている貴子をみて、オレもなんだか嬉しくなった程に、貴子ははしゃいでいた。


 初日こそ、家族総出で陽菜を歓待してプチパーティーなどを開いて過ごしたのであったが、陽菜を預かる期間は、春休みの間――と大雑把で長いので、オレと母で役割を決めて、陽菜の世話をルーチン化する必要があった。ちなみに父は普通に仕事なので、これに参加はしていない。


 オレの役割は、全ての食事の介助と、朝から夕食までの間、陽菜と一緒にいることである。常に側にいる必要があるとはいえ、陽菜は一人遊びを楽しめる性格であったので、そこまでつきっきりに手間を取られることも無かった。


 3月24日――陽菜を預かって6日目の昼。オレは近所の公園に遊びに来ていた。本格的な春の到来には少し早い気もするが、その日は、20度に迫る温かさが、シャツを湿らせるくらいであった。公園に植樹された桜は既に開花しており、現在は三分咲きといったところだが、それでも十分にオレの目を楽しませてくれる。


 特に遊具が充実しているわけでもない公園には、ブランコと小さなジャングルジムが1つずつ――どちらも塗装が禿げてサビが浮いていて、握ると懐かしい鉄臭さが手に残った――。それとスプリング遊具というのか? 跨ってミョンミョンと揺らす遊具が2つ――多分キリンとポニーなのだと思う――。あとはお決まりの砂場がある。それでも幼児にとってみれば楽しい場所なのだろう。陽菜にせがまれて、毎日通ううちに、陽菜にも同じ年位の友達ができたようであった。まったくオレよりコミュ力高ぇじゃねか……。


「今日も子守? 偉いのね」

 外周に設置された古びた木製のベンチに座って陽菜を見守っていると、この数日で顔見知りとなった、アラサーと思しきオバ――いやお姉さんが、オレに声を掛けてきた

「はぁ……。えっと、まぁ……」

当然、挨拶程度しか交わしたことがない歳上の異性と、スムーズに会話など出来るわけがない

「あら? 結構人見知りするタイプ? 君、有名人なのに」

「有名……?」

「比賀さんとこの息子さんでしょ?」

思わずビクッと体が膠着する。


 ――この人はオレのことを知っている


 そう思うと、どうしても身構えてしまう。


 ――この人が見るオレのラベルは何だ? 『ゾンビ』か?『記憶喪失』か?


「心肺停止の状態からの復活!の子でしょう? あなたのお母さんが嬉しそうに話していたのを、聞いたことがあるわ」

幸いも、彼女がオレに見て取ったラベルは『奇跡』であるようであった。それはそれで気恥ずかしい気もするが、それでも悪く思われていないというだけで嬉しい

「母のご友人の方ですか?」

「んー、友達ってわけじゃないけれど、ご近所だからね。町内会とかでご一緒させて頂くことがあるのよ」

まぁ、それもそうだろう。オレの母はたしか43歳だったはずだ。しかも母とこの人では<<世代>>が違う。年齢に相応する見た目が、この人の方が遥かに若い。


「あのね。君が連れて来ている女の子……陽菜ちゃんだったわよね?」

「ええ。姉の子供を預かっていまして……」

「ああ、貴子ちゃんの」

この人結構オレの家庭に詳しいな……。まぁオレは人との関わりを避けていたから知らないだけで、オレの家族には知り合いがたくさんいるんだろうな。ってことは、あまり下手を打つわけにはいかない。家族の風評に関わるし。そう思ってオレは少し背筋を伸ばした。


「でね。よかったらなんだけど、私達と交代で子守しないかな?」

見ると、少し離れたところに立っている、女性2人が、ひらひらとこちらに手を振ってきた

「私達3人は、用事があるときとか、ローテーションで子供を見守ることにしてるのね。そこに君も加わらないかな……って」

「いいんですか?」

「もちろん! 私達も助かるし、君も自由な時間が取れるでしょう?」

確かに陽菜から目を離すことはできないので、長時間スマホをいじったり、本を読むこともできないし、かといって、陽菜は新しい友だちと戯れているので、オレも一緒に遊ぶってのには気が引けていたのだ。不審者と思われかねないしね。この提案に乗れば、オレという存在が、他のママさんに認知されるわけだから、一緒に遊びながら見守っても、問題なくなる、というわけか……

「えっと、比賀顕悟……です。よろしお願いします」

「私は、西条美恵子(さいじょうみえこ)。よろしくね!」


 西条さんに、他の2人のママさんを紹介され、彼女たちは陽菜の子守を買って出てくれた。最初に自由時間を与えてくれたのが、彼女たちなりの歓迎の意なのだろう。オレは素直にその好意を受け取ることにした。


 とはいえ、今日はスマホ以外に手遊びがない。公園以外に足を伸ばす気も起きなかったので、ゲームアプリでも起動しようと、オレは先程のベンチに再び座った。


「うわ! すごい美形ね」

「見ない顔よね? どこの子だろう……」

「黄陽の制服よね?」

西条さんたちの声が聞こえてくる。『黄陽』のワードが気になって顔をあげると、なるほど、公園内に見知らぬ男がログインしていた


 ――不自然なほどに美しい


 それが、その男『古衛流輝(ふるえるき)』にオレが最初に抱いた印象であった。

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