春休みの約束

「ただいまー」

「おじゃましまーす」

クッソつまらない卒業式を終え、真紀と連れ立ってオレの家へと足を運んだ。他の卒業生たちは、連絡先の交換やら、打ち上げの相談やら、抱き合って涙を流すプレイやらに勤しんでいたようだが、オレたちには無縁の話だ。


「おかえりー! そんでおめでとう! あ! 真紀ちゃんだ! きゃー!!!」

何の変哲もない、ごく一般的な一軒家であるオレの家の玄関を開けると、バタバタと姉の貴子が駆け寄ってきた。真紀の来訪で『おかえり』も『おめでとう』も掻き消されてしまったのだろう。一回りも年上の姉貴が、真紀と手を握り合って、キャッキャウフフしている姿は、正直見るに堪えないものがある。


「なによ? 文句でもあるの顕悟!」

オレの冷たい視線に敏感に反応した貴子が、それ以上に冷たい目線を向けてきた

「いえ、別になんでもありません」

長年を掛けて、姉貴に理不尽な調教を受けてきたオレであるから、頭を下げる以外の選択肢はアリえないのだ。


「けんごニィだぁ」

テテテテという効果音とともに、オレの可愛すぎる姪『陽菜(ひな)』が駆け寄ってくる。人種ではなく鬼種なのではないかと疑わしい貴子から、こんなに可愛い娘が産まれるとは――世界は奇跡に満ちているらしい。


 陽菜は今年で5歳を数えるが、甘える相手に対しては、それ以下の年齢を思わせる幼さを見せる。天性の魔性を備えているのかもしれないと、多少なり彼女の将来に不安を抱かないでもないが、オレが小遣いをせびられるところを想像すると――それも悪くない――と思えてしまうのだ。


 陽菜を抱きしめようと両手を広げたオレの前に、真紀がすっと体を入れてくる

「ひ・な・ちゃぁぁぁん!」

「ぎゅえぇェェェ……」

お前の怪力で抱きしめるな!陽菜ちゃんがカエルみたいな声を上げているぞ! そう非難するオレの目線を受けて、真紀の目が強く光った――気がした

「何よ? 何か言いたいことでもあるの?」

「いえ、何もありません」

お気づきかも知れないが、この家においてのオレの地位は、最下位である。家族全員、真紀が大好きなのだから、ここに足を踏み入れた瞬間、真紀はオレの上に君臨することになるのだ。


「真紀ちゃん、どんどん食べてね」

オレのために用意されたのであろうご馳走が、どんどん真紀の胃袋の中に収められてい

「いただいています!」

真紀のお陰で白々しいパーティーとならなくてよかった――と思う。オレと両親の間の距離は、一定のところまで回復したとはいえ、えも言われぬ緊張感だけは、未だそこに漂っているのだ。


「ねえ真紀ちゃん? 顕悟は相変わらず友達いないの?」

「もちろんですね!」

即答しないで欲しい――が、事実だから否定のしようもない

「高校になったらちゃんと作るよ……」

「あのねぇ。友達の作り方……ちゃんと覚えてるの? 顕悟ってば、気に入った人ほど、距離を取る癖があるでしょう?」

痛いところを突かれてしまった。確かにオレは、どうでもいい奴に接することには、全く問題がないのだが――友達になりたい――と思った相手には、途端にコミュニケーションが取れなくなってしまうのだ。多分――嫌われたくないから――そういう意識が生まれてしまうからなのだと、自分なりに分析している。

「……」

「大丈夫だよ貴ネェ! 私がちゃんとサポートするし!」

張り切る真紀を横目に、貴子が深い溜め息をついている

「真紀ちゃんも同じでしょう?友達いないじゃん」

「うッ!」

真紀は言葉につまり、目の前のご馳走に意識を切り替えたようだった。まったく貴子の無遠慮さにも呆れるばかりだが、それでも遠慮されるよりは良いのかもしれない。


「貴子。あんまり無理強いするものでもないわ。まずは高校生活に慣れてから…ね?」

母がそう口を挟んできたが

「逆でしょ! せっかく新しい環境になるんだからスタートダッシュが勝負なのよ? じゃないとこの子達、また2人だけで固まっちゃうのは目に見えているわ!」

――正論だな。貴子の言う通りだからこそ、オレも高校生活に意気込んでいるのであるが、貴子の指摘した通り、オレがすんなり友達が作れるか? と問われたら、具体的なプランが有るわけでもなく、失敗するような気がしないでもない。


「そこで、よ」

姉貴がニヤリと笑いながら、身を乗り出してくる

「顕悟、アンタ、春休みの間、陽菜の世話をしなさい!」

「どういうことだよ?」

「陽菜を遊びに連れ回して、ママ友でも作ってみなさい。そう……これは訓練よ!」

「ふむ…。で、その心は?」

「私が単身赴任のパパに会いにいけるって寸法よ!」

なるほど――ね。後半が本音に聞こえなくもないが、悪い話ではないな。特に春休みの間にやることもないし、結果として、もう1人可愛い甥か姪が産まれることになるかもしれない。年上、しかも異性のママさんとコミュニケーションが取れるかどうかは分からないが、何事も訓練である。


「いいじゃない! 私も陽菜ちゃんと遊べるし」

真紀が顔を上げて、ニコニコと同意を示してくる

「アンタねぇ。初耳よ? そんな話…」

母が大きくため息をついて、苦笑いしているが、否定しないところをみると、母も可愛い孫と一緒に過ごせることは嬉しいのであろう

「わかったよ。そんじゃぁ春休みの間は、陽菜ちゃんはオレが預かるよ」

「「「やったぁぁぁ」」」

貴子と真紀、それとちょっと遅れて、陽菜と母が喜びの声を上げた。


そんな感じで、オレは春休みの間、愛しい姪っ子『池辺陽菜(いけべひな)』を預かることになったのであった。

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