卒業祝い

「やっとこ、卒業だねぇ……」

「だな」

「でもさ、卒業式ってなんの意味があるんだろうね?」

真紀は、オレと同じようなことを考えているようだ。これだけ一緒にいるのだから、思考もシンクロしようってものだ。


「なな、式が終わったらさ、どっか遊びに行こうよ!」

「ん? どこにさ」

自慢ではないが、オレたちの住んでいる所は<<ド>>とまではいかないが、<<レ>>ぐらいなら付きそうな、田舎だ。高校生直前のオレたちが遊べる場所など、ゲーセンか、カラオケくらいなものである。隣の駅は、始発終点となるような基幹的な駅であり、街の規模も大きいから色々あるのだが、田舎の鉄道だから一駅の区間距離はとても長く、気軽に自転車で行ける距離ではない。電車で行くのは金がかかるし、正直なところ面倒でもある。


「んーーー。あ、そうだ!! ウチの蔵の掃除手伝ってよ」

いや、もはやそれは『遊び』では断じて無いぞ? 真紀の家の蔵が古くて大きく、さらには激しく無秩序なことを、ガキの頃に蔵で探検ごっこに奮励したオレは知っているのだ。

「い・や・だ!」

「えーーー。お小遣いせびれるいいネタなのに……」

「オレのことはいいから、一人でやりなさいな」

「冷酷だわ! ひどいわ! そんなんじゃ高校に行っても友達できないんだからね!」

芝居めいた仕草で、オレを非難した真紀は、子供のようにふくれっ面になっている。可愛い――ではなくて、コイツはいつまでも良い意味で子供なのだ。感情を隠さないし、裏表もない。だから信用できるし信用されたい、と思っている。だが、それとこれとは話は別だ!コイツの小遣い稼ぎにいちいち付き合ってやるほど、オレは人が良くないのだ。


「てことは、小遣いそろそろヤバイんか?」

「まっねー。 受験でお手伝いサボりまくったからねぇ……」

真紀の家は、おおかた金持ちの部類に入ると思うのだが、旧家な所以か、厳格な気風にある。小遣いは定額制ではなく歩合制で、何らかの対価として支払われるルールだということだ。いうなれば駄賃制である。だからお手伝いやらが出来なければ、必然、小遣いも貰えない。ここのところ真紀は必死に受験勉強をしていたので、懐が寂しくなっているようである。


「しかし、よくぞ黄陽に合格したもんだよなぁ」

「へっへー! 私はやればできる子だからね!」

「無謀に黄陽を目指すから大変な目にあったんだろう? 合格圏の高校なんて色々あっただろうに……」

「……そういうこと言うんだ。いやなやつ!!」

真紀は――ふんだっ!――と言わんばかりに窓の方を向いてしまった。怒っている顔も可愛い――ではなくて、この話になると、コイツはいつも不機嫌になる。


 好意的に、且つ烏滸(おこ)がましく考えれば、真紀がオレと同じ高校を目指したかったと考えられなくもないが、流石にその理由はオレの理解の範疇外である。黄陽学園は自主性を重んじる自由な校風だから、真紀にとっても魅力的ではあるのだろうが、どちらかといえば肉体派となっていた真紀の学力から見れば、黄陽は2ランクは上の偏差値であったのだ。


 真紀の両親も身の程の高校を目指すようにと難色を示していたはずなのだが、オレも黄陽を志望していると知るや

(なんだ顕悟君と同じ高校なのね? それじゃあ頑張りなさい!)

といって、応援側に転じたのだから、本当に意味がわからない。


「いずれにせよ、今日はそんなに時間がないんだよね」

「どうしてよ?」

ふくれっ面を仕舞って、真紀が興味深そうにコチラを顔を向けてきた

「姉貴が遊びに来るんだよ。オレの卒業を祝いたいんだとさ」

「貴ネェ来るんだ! 陽菜ちゃんは?」

「連れてくるって。……真紀もウチに来るか?」

「うん! もちろん行くよ!」

真紀はオレの姉である貴子とは昔からウマが合ったし、貴子の娘の陽菜を殊の外溺愛していた。真紀には兄が2人いるのだが、彼女は末子で、猫可愛がりできる陽菜を、妹のように考えているようであった。


 真紀が来ることを、家の者に、連絡する必要もないだろう。真紀の来訪は、オレたち家族にとって歓迎でしかありえないのだから。


「やたー! そんじゃ約束ね!」

「おうよ」

そんな会話をしているうちに、卒業式の開始の時間が差し迫ってきた。オレと真紀はつまらなそうに腰を上げると、会場の体育館へと連なる卒業式の列の一番後ろに並んだのだった。

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