1章

憂鬱な卒業式

 3月18日――卒業式の日。3年間通いつめた中学校に向かうべく、オレは重い足を引きずるようにしていた。別に怪我をしているわけではない。ひたすらに憂鬱だったのだ。


 憂鬱といえば、朝の登校は平素からそうだったのだが、輪をかけて足が重いのは、卒業式という儀式に、オレが意味を感じていないからだと思う。授業もないのに、なぜ学校に行かねばならないのだろう……かと。


 例えば<<友達との別れを惜しむため?>>いやいや、オレには友達と呼べる相手は1人しかいないし、そいつとは同じ高校に行くのだから、別れなど発生しない。


 では<<師への謝恩のため?>>いやいや、クラスメイトから虐められている――とまでは思っていないが、無視を決め込まれているオレに対して、何のフォローもしなかった奴等に謝する恩など、オレは持ち合わせていない。そもそも師とも思っていないし。


 正直なところ、無視されたり、腫れ物扱いされることには、もう慣れっこだったし、奴等の気持ちも分からないではないから、恨みがあるわけではない。ないけれど、馴れ合いたいとも思わない。さすがに今更だ。


 オレが中学の連中から敬遠されているのは、素行が悪いとか、そういうオレの<<中身>>が起因しているわけではない。なんというか<<ラベル>>の問題なのだ。オレに付けられているネガティブなそれは……『ゾンビ』だ。


 別に体が臭いってわけじゃない。その意味そのまま<<死んで生き返った>>ことがあるから、そういうラベルが付けられている。詳しくは知らない、というかオレ自身に記憶がないから、当人を含め明確なことは何も判っていないのだが、小学校2年生の夏休み、オレは1回死んでいるらしい。


 両親の話によると、その頃のオレは、もっぱら川遊びにハマっていて、ザリガニやらドジョウやら、タナゴやらを捕まえてきては、母親を困らせていたらしい。


 夏なのだから、晴れた日はもちろん暑い。

 子供なのだから、雨の降った次の日は川の水かさが増えることなど知らない。

 遊んでいた川は近所の小川で、両親が心配できなかったこともまた、責められない。


 いつもなら、土手から川の際(きわ)を虫取り網でガサガサ探るくらいだったオレも、暑さから、川の水に涼を求めたのだろう。検分の結果からいって、オレはどうやら河流域に足を突っ込んだらしい。


 案の定というか、前日の雨にパワーアップしていた川の流れに足を取られたオレは、勢いそのまま流されてしまう。


 遊んでいた場所から、それほど離れていないチープな橋の下。その橋脚に引っかかっているところを発見されて救出されたときには、オレは既に心肺停止の状態だったらしい。


 にもかかわらず、病院で息を吹き返したオレは、もちろんポジティブに――歓迎すべき奇跡として受け入れられた。喜びに浮かれた母が『語り部』となって、その復活劇が母の友達へと伝わる。そして彼女らの子供達に伝わった結果、それはネガティブな奇談に変質した。


 オレが8歳の頃の話だから、某ホラーゲームのナンバリングも『4』を数えていた頃だと思う。ゾンビ、死人、リビングデット、そんな題材も一般に広く浸透していたし、子供にとってみれば、程良い好奇心の対象であったのだろう。オレが『ゾンビ』呼ばわりされるようになるのも、まぁ頷ける話だ。


 一方で、オレの復活に喜んでいたはずの両親との間にも、徐々に距離が生じていった。その理由となった<<ラベル>>は『ゾンビ』ではなく『記憶喪失』の方だ。


 事故の影響でオレは記憶喪失になっていた。言葉や生活に必要な知識、もちろん家族の名前や顔は憶えていたのだが<<思い出>>の類は全てあやふやに記憶が薄められていたのだ。


 全く憶えていないわけではないのだが、例えば<<○○に行った思い出>>とかはもちろんだが、<<母の口癖>>や<<父の逆鱗の場所>>とかそういうもの――蓄積されて解を得るような類の記憶は、かなり希薄になってしまっていたのだ。


 だから家族は、復活後のオレの行動に<<違和感>>を感じることになる。<<いつもならこんなことしないのに>>とかそういう細かいズレであっても、積み重なれば大事だ。まるで違う人間の魂がオレの中に入ってしまった――そんな風に考えてしまうことも、もしかしたらあったのかもしれない。


 もちろん家族はオレに対して無償の愛を与えてくれたけれど、探り探り、腫れ物を触るように慎重に――オレを愛してくれたのだ。そこにお互いが<<距離>>を感じてしまうのは仕様がないこと――だと思う。


 事故から7年経過した今では、家族との距離はだいぶ縮まったと思う。元鞘というほど同じ場所に落ち着いたわけではないのだろうが、違う場所に同じ距離で落ち着いた――そんな感じだ。これには何事にも気安い性格――悪くいえば考えたらず――の姉の力に寄るところが多いと、オレは密かに彼女に感謝している。


 まぁ、付いてしまった<<ラベル>>は仕方がない。それは環境みたいなもので、おいそれと変えられるものではないのだ。だけど、オレの過去を知らない人であれば話は別だ。過去を知らないのだから、オレに付けられる<<ラベル>>は、その人との<<これから>>で決まる。


 だから、オレはこれから始まる高校生活に期待しているのだ。3月19日から4月7日までの、少々長い春休みを過ぎれば、オレの過去はリセットされるといっていい。


 中学校は公立校だったから、そのメンツは小学校の頃とほとんど変わらなかったのだけれど、オレの進学先の『私立黄陽学園(しりつこうようがくえん)』に進学する同窓生は1名のみだ。規模の小さい私立校(それなりに入学難度も高い)を選んで正解だった。まぁ、まさかオレの唯一の友が同じ高校に進学するとは思っていなかったけれど、アイツはオレを色眼鏡で見ることはしないから、OKとしている。


 <<現状への諦め>><<未来への希望>>大げさにいえば、それが最後の登校が憂鬱な理由だ――わかってもらえただろうか?

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