ヒガケン~黄陽学園秘学研究会~

亜嗚呼

プロローグ

プロローグ

「ねぇ顕悟。あのコね、陽菜ね、家(ウチ)に帰ってきてから、しきりに『オウチニカエル』って言うのよ………」

「お家に帰る? 貴(たか)ネェの家――自分の家に戻ったのに?」

「そうなのよ……。あたし、なんだか怖くなっちゃって……」

「陽菜ちゃん、もう体の方は大丈夫なんだよね?」

「それは…ね。お陰様で元気いっぱいよ。それはホントにありがとね!」

「いや、もともとオレのせいであんなことになったんだし……」

「そんなことないわよ、バカね!」

「でも、心配だな……陽菜ちゃん。頭を打ったってことも無かったみたいだし」

「そうなのよね…でね。ほら真紀ちゃんってさ、幽霊とか、怪奇現象とか――そういうのに詳しいでしょ?」

「ああ、そういうことか。真紀に陽菜ちゃんのこと、視て欲しいってことな?」

「うん……馬鹿みたいに思うかもだけど、あたしね、お姉ちゃんね……今の陽菜は、ホントの陽菜じゃないって、何か違うものが混じっているって、そんな気がするのよ……」


 高校入学式の日の夜、姉からの電話は、彼女の一人娘――オレの可愛い姪っである『池辺陽菜(いけべひな)』についての相談であった。姉――『池辺貴子(いけべたかこ)』の家、つまりは自分の家に<<戻って>>から、陽菜ちゃんが可怪しいことを言うようになったということであった。ちなみに姉の姓『池辺』は彼女の旦那のそれであり、オレの姓は『比賀(ひが)』だ。


 家に戻る――というのは、変な言い回しに聞こえるかもしれないが、まぁ実際そうだったのだ。中学卒業から高校入学までの間(はざま)の春休みの間、オレ――というかオレの住処である実家で、陽菜ちゃんを預かっていた。そして、4月7日の昼頃からその日の夜まで、陽菜ちゃんは行方不明となる。なんやかんやで無事発見された彼女は、自分の家に、つまりは<<戻った>>のだから、その表現は正しいといえるだろう。


(水辺には妖怪悪鬼の類が集まりやすい。そなたの姪御を見つけた時、女がおったろう? あの悪しき存在の影響が出ているのであろうな)


 オレの頭の中に声が響いた。間違いなくオレの声ではないし、オレに話しかけているのであろうことは明白だった。ホント……勘弁して欲しい。姪っ子の心配だけでもキャパギリギリだというのに、この上、オレまでおかしくなっちまったというのだろうか? これから新しい学園生活で、心機一転頑張ろうとしていた若人(わこうど)に、それはあんまりじゃないか!


(そなたは健康優良よ! まさに『正常』だと、この私が保証しよう)

アホぬかせ! オレの異常の元凶が、オレの正常を保証する? まるで出来の悪い漫談だな。

(ふむ……。そう言われると一言も無いが……)

その声は小さく、悲しそうな色を帯びながら、やがて消えてしまった。なんだか自分が悪いことをした気になるのだから、どうにも質が悪い。


 頭の中に響く声は男性のそれで、若年とも老年ともつかないものであったが、風流才子というか、ハイソな識者というイメージがした。それに……なんというか、オレはその声を、随分と前から――それこそ、陽菜ちゃんと同じ位の歳の頃から知っているような、そんな気がしていた。


といっても、オレには小学校2年生の夏休み以前の記憶がないのだから、まぁそれはただの<<気のせい>>なんだろう――そう思い込むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る