第8話 細い糸を手繰って 前編

 ガジンは、どこを向いても緑一色の景色が広がる、山間の細い道を歩いていた。


「いやァ……こいつは、中々に手強い場所でさァな。本当に、この先に人が住んでるんですかね?」


 悪路と格闘しながら隣を歩くクウロが、愚痴を言う。

 此処は、皇国の最西端。国で最も深い山々が多くあると言われる山地だ。

 この地の名を〈遠のき山地〉。人が足を遠のかすほどに深い山々のため、そう名付けられた。ガジンは、ここに住む氏族――〈深き山ノ民〉を訪ねて来たのだ。


「領主から、ここの者達が税を納めていると言っていただろう」


 皇国領に住む者ならば、税を支払わなければならない。此処に住む氏族も例外ではないのだ。領主は、彼らからしっかりと税を取っている。


「そりゃ、そうですがねェ……。山地の入り口辺りで、税を徴税官に渡すなんざ、聞いたことがありませんや。第一、そんなやり方じゃ、村の人口だって把握できやせんでしょうに」


 ガジンも、〈遠のき山地〉に住む氏族と領主の間で行われる徴税の仕方には、驚かされた。

 クウロが言うように、村の人口や家畜などなど、直接確認しなければわからない事柄は沢山ある。業務を怠れば、脱税など簡単になってしまうだろう。そして、責任を問われるのは、周り巡って領主になる。それがわからぬほど、愚物ではあるまい。

 ガジンは、領主に直に会ってみたところ、責任を放棄し逃れるような人物には感じられなかった。てきぱきとした指示や、応対も、能力が無いとは思えなかった。

 実際、記録によると、ここの領主は問題を起こしたことは、過去百年一度も無いという勤勉ぶりだ。態度の端々からも、帝への忠誠が滲み出ていた。

 二人は、そんな者が、このような杜撰な徴税の仕方をしているのが、信じられなかった。


「ここの氏族は、昔、国と随分と揉めた。お前も、聞いたことがあるだろう」

「そりゃ、ありますよ。氏族と戦うために、兵を二千ほど送ったら、誰一人帰って来なかったっていう、あの話でしょう?」


 〈遠のき山地〉の氏族達は過去に、国と大規模な戦闘を行っている。タルカが建国され、各氏族達が恭順の意を示す中、頑なに要請を拒み続け、拗れに拗れた結果、戦いにまで発展したのだ。

 当時、帝は何度も降伏するよう勧告したが、〈深き山ノ民〉はこれを全て無視。――この首を取りたくば、山々を超え、我が元へ来るがいい。そう言い放った。この返答をもって、帝は彼らを賊軍とみなし、戦いは始まった。

 〈深き山ノ民〉の戦力は二百から三百程度の兵数であった。対して、帝は二千の兵を送り、有能な将をつけ、征伐に向かわせた。結果は、惨敗。二千の兵は、誰一人として帰らなかった。


「〈深き山ノ民〉一人一人が強かったらしいが、皇国軍を殺戮せしめたのは、今、私達が歩いている、この山々だという。獣、病、地形、自然全てを敵に回した皇国軍は、逆に全てを味方につけた〈深き山ノ民〉に成す術がなかったそうだ――――ほら、あの藪の下を見ろ。かつて兵が使っていただろう兜が見えるぞ」

「ッゲ?! 本当ですかい!?」

「――――冗談だ」

「た、大将ォ……」


 呪い、幽霊といったものが大の苦手な副官をからかって、ガジンは笑った。


「だが〈深き山ノ民〉も無傷ではない。最後には彼らは皇国と講和し、この〈遠のき山地〉も皇国の領地となった、というわけだ。つまり、私達は今、まさに昔の兵達と同じ状況にあるやもしれんな?」

「大将、お願いですから、からかわんでください。俺がそういう話は滅法駄目だって、知ってやすでしょう?」


 きょろきょろと辺りを見回すようになった彼に、ガジンは余計に笑みを深めた。

 〈遠のき山地〉と名付けられるだけはある。皇都に満ちている、喧騒からは無縁の大自然は、友人を失った悲しみを、和らげてくれた。隣に、気心の知れた者しかいないのも、気分を楽にしてくれる。

 木々のせせらぎや木漏れ日は、どうしてここまで、心を安らげてくれるのだろう。

 この山々が、自らが背負った立場から、心まで遠のかせてくれているのならば、礼を言いたい気分だった。


「すまん、すまん。だが、過去にそういうことがあったのだ。何かしら、氏族と国との間で、我らが知らぬ密約が交わされていたとしても、不思議はあるまい」

「まァ、確かに。領主も、ここの奴らを憎らしいとは、思っていなかったようですし」


 ガジンは、領主の応対から――貴方達にはわからぬよ、と、言外に領主から告げられていた気がした。領主と〈深き山ノ民〉との間には、不思議な信頼関係があるようだ。


「だから、ですかねェ。俺達、二人だけで山に入ることを了承したのは」

「〈八竜槍〉に何かあれば大事だが、あっさりと要望が通ったのは、驚きではあったな」


 ガジンは頭上を見ながら足を進める。


「〈竜槍〉を持つ者が、遭難して死んだなど、笑いの種にもならんだろうにな。まあ、楽でいい」


 こん……と、十数年の付き合いになる〈竜槍〉を指で軽く叩いた。


「大将が餓えて死ぬところなんざ、想像もできませんがね!」


 がはは、とクウロは笑う。遠慮がない大声が、周囲に響き渡った。雑踏が全くないこの場所は、人の行動がとても目立つ。斥候でもいたら、すぐに発見されてしまうだろう。仮に、野盗の類がいたとしても、ガジンが持つ〈竜槍〉を目にした瞬間、一斉に逃げ出すであろうが。


「それなりに狩りはできるからな……。――さて、そろそろ、出て来ないか。村へ案内してもらいたいのだが」


 細い、土色の道の横合いから、驚きに満ちた気配があった。がさがさと物音が立つと、藪の中から、一人の青年が出て来た。


「驚嘆いたしました。いつから、お気づきに?」

「此処に入った時からだ。クウロも、私も、気付いていた。森林浴は、もう十分堪能させてもらった。すまないが、案内を頼めるか」

「仰せのままに」


 恭しく頷くと、青年は歩き出した。付いて来い、という合図だろう。彼の背を、二人は追い始めた。


「道から逸れぬよう、お気を付けください。もし、道から外れれば、地元の者以外は、命はありませんので」

「か細い、茶色の道が、俺らの生命線ってわけかい」


 過去、この地を訪れた兵達は、道から外れ、悲惨な末路を辿ったのだろうか。

 ガジンは、藪の奥へ目を凝らした。あるのは、木々が作り出した、濃い影のみだった。

 この影が、幾人もの人の命を呑み込んでいったのだ。久しく感じていなかった恐怖が、腹の底から蘇ってくる。


「村は、何処に?」

「申し訳ありません。掟によって、村の位置は、部外者には教えてはならぬことになっているのです」

「私達との経緯を鑑みれば、当然か」


 若者は、ガジンの言葉を訂正するように、立ち止まった。


「思い違い無きよう。我ら〈深き山ノ民〉は、過去の争いについては、決着がついております。今日まで、憎しみの炎が我らの内にくすぶり続けているのならば、領主と良好な関係は築けません。それは、お目になったはず」

「そうだったな。栓の無いことを言った。許してほしい」


 青年は軽く頭を下げた。

 それから三人は、黙々と足を動かし続けた。日が、すこし傾き始めた頃、ガジンは村の入り口らしき物を発見した。木と木の間を、縄か何かで繋げている。とても簡易的な、門のように見えた。その下を通り過ぎて、すこし歩くと、左右にずっとあった藪や木々が無くなり、視界が開けた。


「へェ……」


 クウロが感嘆の息を漏らした。四方を山で囲まれた〈深き山ノ民〉の村は、素朴そのものといった風であった。村人達の姿が、ガジンに故郷を思い出させる。


「どうぞ、こちらへ。氏族長の家へ案内いたします」


 二人は、青年の背を追いながら、〈深き山ノ民〉の生活ぶりを目にしていた。

 皇都では、彼らは未開の民と嘲られているが、民家を見る限り、そこまで原始的生活をしているようには見えない。

 茅葺の屋根に、軒下には縁側があった。驚いたのは、障子戸まであったことだが、それ以外は、皇国で一般的な村落と何ら変わりがない。最近、皇都付近では、瓦屋根が主流となってきたが、全ての村に普及するほどではない。


「驚かれましたか。我らが、貴方達と、何ら変わりない生活を送っていることを」

「おう。ちょいとな……ん?」


 クウロが、漂ってくるいい匂いにつられて、鼻をすんすんと動かす。


「クウロ。行儀が悪いぞ」

「いやァ、朝っぱらから何も食ってないもんでさァ。腹が減るのはしょうがないってなもんでしょう?」


 察するに、おそらく鍋物だろう。風に乗ってくる味噌の良い、美味そうな匂いが鼻孔を刺激する。ガジンは、口の中に唾液が広がるのがわかった。


「長が、食事の準備をしているはずです。もう少々、歩けば食にありつけますよ」

「そいつァ、いい。さ、早く行きましょうぜ、大将」


 調子のいい副官に苦笑しながら、ガジンは歩いた。村には、いくつもの家屋が建っている。

 村の家々は、針の穴を通すような、精緻を極めて作られ、家の並びまで整備された皇都とは違う。適当な間隔で建てられている家々を目にしたガジンの脳裏には、今はほとんど訪れなくなった、故郷が重なった。

 畦道で遊ぶ子供。稲を刈る大人。家では男達の帰りを待ちながら、食事を作る女達。

 ただの農家に生まれ、三男坊として育った、懐かしい場所。今はどうなっているだろうか。


(もう、随分と帰っていないな。最後に、帰郷したのは、いつだったか……)


 流行り病で、両親が死に、長男は家を継いで畑を耕している。次男は、皇都の商家に婿入りした。兄達とも、長い間会っていない。

 ――最後に顔を合わせたのは、五年ほど前になるか。

 それ以来、家族とは会っていない。〈竜槍〉となってそれなりに経つ。先代たちが〈八竜槍〉から退き、自分とロウハが長と副長のような立場になった。そうなると、家族はともかく、他は見る目が変わる。ただでさえ〈八竜槍〉となった際にも、彼らはよそよそしい、他人行儀になったのだ。それに、頻繁に家族と会うと、彼らにも色々と負担がかかる。

 たとえ、血の繋がった兄弟であっても、国で最も重要視される役職に就いた弟と、気軽には話せない。そういった経緯があり、ガジンは家族と会うことを、しなくなっていた。


「いかがされました」

「うん?」

「望郷を帯びた目を、しておられました。『气』も、先程までと違って、かなり揺れておりますが……何か、気に障ることでも?」


 青年は、ガジンの眼に映った、一抹の寂しさを感じ取っていたようだ。

 二十は歳が離れているだろう青年に心配され、ガジンは思わず苦笑してしまった。


「いや、いや。別に気に触ったわけではない。ここの景色がな、私の故郷に似ていて、懐かしかっただけだ。私は、『外様』の出身ゆえな」


 あまり表情を映さなかった青年の顔が動いた。眉がすこしあがって、瞳には驚きの色がある。


「なんでェ、皇都出身の奴ら以外が、〈八竜槍〉に選ばれてるのが、そんなにおかしいか?」


 クウロは、問い質すような口調で言った。

 タルカ皇国には、大別して二つの民がいる。過去にあった大きな争いで、帝側についた者達を『譜代』。敵側についた者達を『外様』と呼ぶ。

 『譜代』は皇都、もしくは近くに住むことを許され、『外様』は特別な事情が無ければ許されていない。この区別は、村人でさえも徹底して行われている。

 『外様』が『譜代』の領地に住むことを許されるのは、前者が後者に嫁入り、婿入りする時ぐらいだ。または、相当に特異な才を持つ者に限られている。ガジンは、その特異な才を持つ者の一人だったのだ。


「正直に申し上げれば、〈八竜槍〉は、代々『譜代』の中から選ばれると考えておりました。建国からの習わしだと」

「まあ、普通はそうなのだ。ただ、偶々、私の村に来ていた、当時の〈八竜槍〉の先達が、私を取り立ててくださったのだ」

「いやァ、大将の場合、取り立てられたっていうより、連行されたっていう方が、近いんじゃないですかね?」

「こら、若者に変なことを吹き込むんじゃあない」

「――?」


 青年は、歩きながら、首を傾げていた。ガジンは、苦々しい思い出を語るように、眉間に皺を寄せながら、話し出した。――ちょっとクウロを睨みつけつつ。


「そも、先達が村に立ち寄ったのは、皇都付近で暴れ回っていた、大規模な野盗を掃討した際の生き残りが、私の故郷近くに潜伏していたからなのだ」


 ああ――と若者が、昔に起きた出来事を思い出したように、頷いた。


「百人ほどの、かなり大規模な野盗が討伐されたと聞きました」

「そうだ。ただ、首魁と一部の者達は捕縛しきれなかった。私の村近くに潜伏した奴らは、あろうことか、収穫期の野菜や稲を奪って行ったのだ。被害は、私の家の畑にまで及んだ」

「で、怒りに怒った大将が、槍片手に単身残党に突っ込んで行って、ぼこぼこにしたわけよ」


 ガジンが怒り心頭になるのも当然である。収穫期の野菜、稲は村の貴重な収入源兼栄養だ。

 そんな時期に畑を荒らす者達など、盗人同然である。猛りに猛ったガジンの槍は、残党共を打ち据え、行動不能にするには、十分すぎる威力を持っていた。


「当然の帰結ですね。収穫期の畑を襲うなど、打ち首にしてもまだ、罪は余りある――それで、功績を認められた貴方様は、先達に取り立てられたということですか」

「いや、まあ……首魁を叩き潰した後にやって来た先達を、野盗の援軍だと勘違いして、襲いかかってしまってな……」

「それで、若かった大将の腕前に惚れ込んだ先達が、任務を邪魔したってェ理由で皇都に連行して、そのまま槍の手ほどきを受けて才能を開花させ、〈八竜槍〉に選ばれたってわけだ」

「えぇ…………」


 予想外すぎた話の結末に、若者が戸惑っていた。〈八竜槍〉たる者が、このような身上で今の地位についたなどと聞かされれば、普通の反応である。


「――さ、さて、そろそろ着かないか?」


 わざとらしく咳払いして、ガジンは先を急かした。〈深き山ノ民〉の青年は、聞いたことを固く胸の内にしまってくれるらしい。何も聞かずに「あの家です」と一つの家を指さしてくれた。

 氏族長の家は、なだらかな平地の中で、そこだけひょっこりと顔を出すように高い。

 あそこから見る景色は、村全体を見渡せるだろう。

 三人は、ちょっとした勾配をのぼって、氏族長の玄関口に辿り着いた。


「長、お連れしました」


 青年が言うと、家の裏手から声があがった。「こちらへ」青年は先導する。

 ガジンとクウロはここまで来た時と同じように付いて行った。

 玄関から裏側に回ると、縁側で一人の老人が腰かけていた。皺だらけの顔と手が、衣から出ている。瞼は潰れたように閉じられていた。だが、ガジンは自分を見た一瞬、分厚い瞼の奥に光った眼光を見逃さなかった。


「ようこそ、おいでくださいました。ささ、どうぞ、おあがりください」


 〈八竜槍〉を前にしても、特に緊張した様子はない。立ち上がると、縁側の部屋に手招きをした。ゆったりとした振る舞いから、何事も焦らずに、どっしりと構えているように感じられ、含蓄に富んだ人物のように思われる。


「失礼」

「お邪魔しやァす」


 丸っきり、近所の子供が家にあがるような態度のクウロに苦言を呈しようとしたが、止めておいた。氏族長は、むしろそんな彼の態度に、笑みを深めていたからだ。

 ――子ども扱いされている気がしないでもないが……。いや、この人からすれば、私も子供同然か。

 今年で三十五になるガジンだが、氏族長の年齢は、どう見積もっても七十を超えていよう。彼から見れば、自分も子供なのかもしれない。


「遠いところから、よう来なさった。さ、まずは腹ごしらえ。どうぞ、良い具合な時に来られた」


 囲炉裏には鍋がかけてあって、氏族長が言うように、ちょうどいい塩梅に煮えていた。

 山で採れた山菜と、猪の肉を味噌で煮詰めた鍋は、朝から歩き詰めのガジンの胃が、途端に空腹を訴え始めるほどに、良い匂いだった。クウロに至っては、もう食う気満々で、よだれが垂れそうな気配すらある。


「お心遣い、ありがたく頂戴いたす」

「ご馳走になりやァす」


 ガジンとクウロは、氏族長と対面できる位置に座って、置かれていた椀と箸を手に取った。

 クウロは、木杓子で鍋の中身をちょっと回すと、封じられていたものが解放されるように、更に良い匂いが立ち上った。彼は、椀の中にたっぷりと中身を入れると、ガジンに手渡す。


「いただきます」


 軽く頭を下げる。


「ええ、召し上がってください」


 二人は、一応料理に毒などが入っていないか確認し、口を付けた。


「長、私はこれで失礼いたします」

「うむ、ご苦労であったな」


 さっと、素早い身のこなしで、青年は音も立てずに去って行った。

 二人は、若者が去って行ったのを目で追った後、口も開かずに黙々と食べ始めた。

 過ごしやすい気候の中であったとはいえ、悪路をずっと休みなしで歩いて来た体は、休息と栄養を求めていた。応じるように、ガジンは箸を動かし続ける。


「ここはよいところで、特段、富んではいませんが、貧しくもありません。静かで、穏やかな生活ができる。まこと、〈竜守ノ民〉の方々は、我らに良い土地をくだされた。――――皇国では〈禍ノ民〉と言われておるようですが」


 二人の手が、止まった。氏族長に変った様子は、ない。

 ガジンは、椀の中身を平らげると、箸を置いた。


「やはり、ここに来たのは正解でありましたな。何が起きたか、おわかりで?」

「すこし前、砦で虐殺が行われたのは、存じ上げております。それをしたのが『竜』だということも」


 二人の眼が、す……っと、細められた。


「怖いねェ。この辺鄙なところで、どうやって情報を仕入れてるんで?」

「皇国は、いくつもの氏族達が、帝という光に集まってできた国。我らがここに移り住んでからも、各氏族との間に築かれた絆は、何百と時間が経とうとも、易々と消えることはありますまい」


 今の皇国領にいる者達の過去を辿っていけば、大体は各氏族に分けられる。

 数百も時間を巻き戻せば、皇国の民は自身に流れている血が、どの氏族に属するかわかる。

 だが、現在、それはかなり難しい。すでにいくつもの氏族の血が途絶え、混じり合ってしまっているため、判別自体ができないことの方が多い。それこそ、貴族連中のように家系図を残しておいてでもしなければ、祖先を知るのはまず不可能だ。

 一般では『外様』か『譜代』かで、自身がどのような階層にいるのかを分別するのが普通である。そのどちらかであれば、皇国の民は、祖先が誰であれ、どうでもよいのだ。

 しかし、氏族長が言うように、長い間、お互いを助け合い、時には傷つけてきた氏族達の関係は、皇国の歴史よりも長い。皇国ができあがり、見えない絆は、ぷっつりと断ち切られたように見えていた……表面上は。


「〈影〉に匹敵する、とは言いませんが、我らもそれなりに国の事情には明るいつもりです。まあ、さきほどの者は、腕はよいのですが外にはとんと関心がないせいで、最近のことについては正に世間知らずなわけですが」


 〈影〉――すなわち、皇国が抱える諜報機関の名称である。

 その名を持ち出し、比較するということは、彼らは高度な情報網を持っているということか。薄い紙が敷かれた下には、網目のように、各氏族達が密に連絡を取り合っているとでもいうのだろうか。


「そして、生き残ったのが〈青眼〉をした若い男だということも。そう、私のような眼をした者が、生き残った」


 氏族長が、閉じられていた瞼を開いた。下にあったのは、くすんではいるものの、確かに青い瞳だった。

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