その八十五 雫、颯太と再会する

 三人をその場に残すと、雫は廊下への段を上り、化物が現れた処、押し倒されたままの障子の前に立った。そうして、屋敷の中へと一人、足を踏み入れる。

 広々とした何もない、畳敷きの部屋を、雫は一直線に横切った。


 奥の煌びやかに描き込まれた襖を、そのまま両の手で左右に開く。

 中は、前の間と同じくらいに広く、薄暗く、やはり何もない、四方が襖に囲まれただけの、畳の部屋だった。


 そして、その中央には――。

 両手両足を縛られ、猿轡を嵌められた、颯太が転がされていた。


「颯太ッ」

 雫は走り寄ると、縄を解き、口から布を外してやった。

「ふぅ」

 ようやっと息を吐いた颯太は、躰を起こすなり、真っ先に雫に向かって、こう云った。

「やっぱり、来てくれたな――」

 少年は笑った。

 澄み切った、綺麗な、邪など微塵もない眼で、雫を見返してくる。

「――待っていた」

 雫は、何も云えない。その眼を見ているだけで、それだけでよかった。

 云うべき事、云いたい事は、数えきれないほどあった。

 けれど、でも、雫は何も云わなかった。云わずともよかった。此処へ来たということ自体が、云いたいことを全て、表していた。そう思っていた。

 颯太の手を取り、雫は立たせてやる。

 二人は少しの間、見つめ合った。

 雫は、口を開こうとした。

 

 ――その時。

 

 雫は颯太の肩越しに、向こう側の襖を見た。

 僅かに開いている。

 その隙間から、白い光が漏れている。

「あれは――」

 雫は、颯太の手を取ったまま、

 自分でも何故なのか判らぬままに、その光の方へ歩み出した。


「――行くのか」

 颯太が、訊いたような気がした。

 淋しげな、声だった気がした。

 雫はそのまま、部屋を行く。

 その光の前に立つ。

 襖に手を掛けると、

 雫はそっと、開いた。

 その中には――。



 小さな部屋の中で、小さな老人が、背を見せて座っていた。

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