その六十九 雫、見抜かれる

「ほう、此の期に及んでまだ一戦交えると申すか、御剣。面倒なことよのう――」

 腐れた眼を細め、姫は詰まらなそうに云う。

「しかしお主。気を張っても判るぞ――まだ、迷いがあるな」

 その言葉に動じて、雫は思わず刀を握り直した。

「迷いなど……」


「透けて見えるわ。そなたには初めからそれがあった。江戸を見て回る時も、桜の話を聞く時も、鴉を退治に行く時も、どこか醒めておった。斯様なことをして一体何になる。人を救うて何になる。江戸を護って何になる。そう思うておるのじゃろう。ええ。一歩引いて、恰も虚言でも眺むるかの如き眼差しで、己が振舞を定め、世の万事を嘗めてかかっておったな」


 雫は息を呑んだ。

 心中をさとられていた。


 ――そうだ。

 ――自分は、迷っていたのだ。


 これは絵巻の中のこと。

 現実に非ず、ただの作り事の物語。

 ならばどうすべきか、何を為すべきか、何が正しい答なのか。

 どうすればちゃんと、お話が終わるのか。

 そんなことばかり、考えていた。

 甘えたことばかり、思っていた。


「未だ斬りかからぬがその証。迷いがあるから動きが鈍る。惑いがあるから想いが弱まる。世捨人でも気取ったか。達観でもした気か。計算そろばん尽くで動こうなど百年早いわ。そのような浮ッついた未熟者に我が斬れるか。さあ、それでもまだ――剣を向けるか」


 雫は刀を下ろさない。否、下ろせない。

 動けない。

 どうすればよいのか。


 ――判らない。


 だが。

 その時である。

「おい――」


 雫の背後から声を掛けたのは、

 颯太だった。

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