その六十一 雫、静かに考える

 意識しないまま思いを零すように、誰へともなく桜はそう云った。そうしてすぐに、はっ、と己の口を塞いだ。

「も、申し訳ありません。このような差し出がましいことを――私としたことが、御剣様に永久とわの忠誠を誓ったと云うに、わ、私は」

「……いいよ。いいよ」

 気にしないで、と雫はそんな桜の背を撫でて、落着かせた。


 そうかも知れない、と雫は思った。桜を行かせたくないのは、本当はそれが理由なのかも知れない。


 ――まだ、終わって欲しくない。


 そう、思っているのかも知れない。

 前に自身で思ったことを、雫は振り返る。

 物語は、何時しか必ず終わるのだ。

 無念が残ろうと、悔いが募ろうと。

 お話は終わってしまう。

 邪鬼を倒せようと倒せまいと、きっとそれは、同じことだ。

 絵巻の世界は、何時しか終わる。

 何が起きようと、物語は終わり、そして雫は此処を去る。

 別れの刻が、迫っている。


 ならば。

 雫に、何が出来るだろうか。


「出来た」

 達磨の頭を載せ終えると、満足そうに颯太はそう云った。

 そうして、少し離れた処から、その出来映えを眺めている。

 眼を輝かせ、心の底から嬉しそうに、笑っていた。

 雫は、ただそれを見ている。


 ――何が、出来るだろうか。


「夜になれば、妖怪あやかしは一層勢いを増します」

 桜はまた、口を開いた。

「幕府方の軍勢が持ちこたえるのも、町の守りが保たれるのも、恐らくはその時まで。破られたが最後――全ては、終わりを迎えます」

 雫はほう、と息を吐いた。

 吐息は、真っ白に揺らめいて何処かへ消えた。

 雪は、降り続けた。



 そして――。

 何も出来ぬまま、夜が来た。

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