その四十九 雫、早くも冬を感じる
その後は一旦雫たちが部屋でゆっくりと睡眠を取り、そうしてから、雫たちの部屋で、岬から詳しい話を聞くこととなった。
そもそも寡黙で要領を得ない話しぶりであり、また先のように遊びながらのことである。半日がかりの大仕事であった。
兎に角はっきりと判ったのは、鴉と妖怪は何の繋がりもないこと、勿論岬自身も関係ないこと、鴉は社を、ひいては江戸を
この近くまで鴉が飛んできていたのは強い
また、岬には父も母もいないばかりか何処で生まれ育ったかも判然としないこと、特別な研鑽を積んだわけではないが、あらゆる種類の鳥を思うがままに操れるということ、殊更大福を好むこと、雫と桜のことを気に入っていること、颯太のことが気に入らないこと、などであった。
これらのことを聞き出すために、颯太は腰が立たなくなるまで馬をやらされ、顔に墨で落書きをされ、最後に尻を思い切り蹴られた。
「私は何か悪いことをしたか――」
無表情ながらも一応満足したらしい岬が厠へ行っている間に、めそめそしながら颯太は尋ねた。
「すこぶる」
ふと、雫は桜を見遣る。
可愛らしい少女は、部屋の隅で小さくなって座っていた。俯いて、じっと一点を見つめている。何かを真剣に思い悩んでいる様子であった。
「桜ちゃん、本当に大丈夫?」
「は、はい――」
雫に問いかけられると、少女は急いで頷く。
「何でも、御座いません――」
しかしそのいつも通り慇懃な口調も、今はどこか、精彩を欠いていた。顔色も悪く、落ち込んで、思い詰めたような表情をしていた。
雫はそんな桜の様子を、何も云わず眺めていた。
そうして、その夜。
雫は宿の脱衣所で念のため、周りに誰もいないことを確かめると、髪を解き着物を全て脱いで籠に入れ、息を吐いた。その吐息は、僅かに白くなる。どこからか吹き込んできた寒さに、雫はその凹凸の少ない細い躰を少し震わせた。そして思う。
(大分寒くなってきてるな……)
早くも冬の到来である。今日は終日あまり外に出ていないため、屋外の変化が如何様なものかまだ知らないが、そろそろ落葉も落ちきっているかも知れない。ややこしい話ではあるが、よく考えてみるとほんの数日の内に江戸の町の四季が楽しめるわけでもあり、そういう意味ではさほど悪いものでもなかった。
雫は湯殿に入ると、ゆっくりとその身を、湯船に浸けた。
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