その四十七 雫、侍の魂を手に入れる

「鳥使いって事は、あの鴉やこの鷹だけじゃなくて、他の鳥も操れるの?」

 こくり、と岬は頷いた。

 そして空いている右手を差し上げると、人差指をくいくい、と小さく動かした。

 

 すると。

 

 途端に辺りの木木の枝葉が揺れ、ちゅんちゅんと長閑のどかな鳴き声を上げて、何十羽もの雀が二人の元へ慌ただしげに飛んできた。

「え、え、え、ちょっと!」

 雫の躰中に雀たちは留まった。羽が肌に擦れてくすぐったい。この鳴き声を聞くと、こんな状況でも早朝らしい好い心地になってくる。


 笑いながら、雫は岬に云った。

「凄いね、岬くん」

 そうして雫は岬の頭を撫でた。褒められて一瞬きょとんとした岬は、再び軽く人差指を伸ばして、雀たちを一斉に町へ飛び立たせる。鳥たちは朝を告げに、へ向けて羽ばたいていった。


 それを見送ってから、雫は岬に向けて云う。

「あの、私が気絶させちゃった大鴉、大丈夫かな」

 すると岬は、パンパンと手を叩いた。

 鴉は、目蓋をすっと開いた。

「ぎゃあ」

 一声鳴くと身を起こし、空へ向けて、その大きな羽を動かす。

 忽ち高く飛び上がると――。


 元の通り鳥居の上に、ゆっくりと舞い降りた。


 朝日を浴びた墨黒ぼつこくの鳥は、知性を感じさせるその輝く瞳を雫たちに向け、静かに佇んでいる。

 澄み切った姿は、どこまでも美しかった。


「……本当に、御免なさい」

 雫は頭を下げた。

 合わせるように颯太も、桜もこうべを垂れる。

 そうして、雫が顔を上げたとき――。

 既に鳥居の上には、何もいなかった。


「帰った」


 岬はそっと云った。



 それから雫たちは、岬をつれて宿に戻ることにした。まだ訊きたいことが山ほどあったからである。

 一緒に来てくれるかな、と云ったときは駄目で元元と雫も思っていたが、存外素直に岬は頷いてくれた。何となく此処を離れられないのではないか、と思っていたため、雫は小首を傾げる。


「いいの?」

「うん」


 岬は首肯し、右手で雫の左手を握った。小さく、冷たい手だった。


「その前に」


 雫が出発しようとすると岬はそう云って、境内の隅にあるこぢんまりとした社の方へと、雫の手を引いた。

 引かれるままに雫は、岬と共にその社の前へ立つ。すっかり辺りは樹の合間から射し込む朝の光で明るくなっており、社も沈黙したままその姿を晒している。岬は社の観音開きを、そっと開いた。

 雫が中を覗き込むと、その中には――。


 鞘に収められた一振りの、見事な刀があった。


「これを……私に?」

 雫が問うと、岬はうん、と頷いた。


 雫がそれを引き出すと、ずしりと重みがある。紛う事なき真剣である。試しに抜いてみれば、ぞっとするほど清麗な刀身が現れる。

 雫は思わず、躊躇った。


――本当にこんなものが、必要なのか。


「斬れる物を斬らず、斬れぬ物を斬るが誠の刀なり」

 前置きなく、岬がぽつりとそう云った。

 驚いて雫が岬を見ると、岬は社の扉の裏を指さした。

「書いてある」


 確かにそこにはそんな達筆の言葉が、掠れて残されていた。誰の筆によるものかは知れない。刀を手に捧げ持ったまま、雫は思わずその場で考え込んだ。言葉の意味が判らなかったから、ではなかった。

 判りすぎるほどに判るからこそ、それが自分に出来るかどうか、そのことだけを一心に、考え込んでいた。


 そして最後に、覚悟を決めた。


 ――出来るか否かは問題ではない。

 ――せねばならぬのだ。


 雫は重い刀を、しっかと腰に差した。

 さやには叢雲むらくも、とだけ書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る