その四十五 雫、珍奇な獣に名付ける
話がここまで来たところで、三人は改めて、その颯太が描いた「虎」を見た。ふわふわと柔らかな毛の生えた躰に、手早く雑に描いた所為か、黒眼がちで円らな瞳になっている。此方を見ては、ぱちぱちと瞬いていた。
雫は呟いた。
「まあ……割と可愛いし」
「ふん。今さら何を云おうと遅いわ」
「その、名は何というのですか」
懸命に取り返そうとする桜が尋ねた。颯太はまた鼻を鳴らす。
「名などどうでもよい。雫が適当に付けろ」
「私? じゃあ……」
間抜けた面構えの虎を雫は見つめる。
「毛が多い虎だから……
一方で、格好良い動物を描いたつもりの颯太は不服そうだった。
「もうちょっと何とかならんのか」
「我ながらよく付けられたと思うんだけど……」
人懐こく頭をすり寄せてくるもこもことした
恐る恐るその前脚の辺りを触りつつ、桜は更に颯太へ訊く。
「この仔は、この後どうなるのでしょう。そのうち消えたりは」
「放っておいたらそのままだが――どうしようか。ここに捨てていこうか」
「更なる混乱の元になるからやめなさい」
可哀想だしね、と雫が云うと、判った、と颯太は肯った。
そうして懐から
「――戻れ」
主人の声に素直に従う
吸い込まれるように、
眼を円くする雫と桜を他所に、颯太はその紙を筒のようにくるくると丸めると、胸元に挿した。
「これでよし。またいつでも好きなときに出せる。こいつはそれでいいとして――問題は、こっちだろう」
そう云って颯太は、薄暗い境内の中に横たわったまま、未だに動かぬ怪鳥を見据えた。それは、時折痙攣するように身を震わせている。こうなるともう、あまり恐ろしげには見えなかった。
「これはまだ気絶しているだけだ。本当にこれが
不穏な言葉に雫は身を固くする。
――どうなのだろうか。
陽の光のあるところだとどことなく清純な印象すら受ける鴉の顔を眺めながら、雫が考え込んでいたときだった。
「――待て」
鋭く、しかしあどけない声が、森の奥、社の方から聞こえてきた。
驚いて雫はそちらを見遣る。
社の裏から姿を現したのは――。
いつぞやの町の辻で、戦いを終えた雫と対峙しそして立ち去っていった、暗く美しい顔の、あの童であった。
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