その四十四 雫、渾身の一打を打ち込む
何事かと二人が音のした方を見ると、そこでは青白い顔をした桜が、煙の上がる銃を構えて腰を抜かしていた。
更にその頭上には――何時の間にかまた降りてきていた鴉が空中にばさばさと
「桜ちゃん!」
そんな雫の叫びも届かないほどの惑乱に陥った桜は、あわあわとしながら、麻酔銃をぱんぱんと連射する。しかし、初めて撃つ銃が相手に当たるわけもない。撃ったときの衝撃で狙いがずれて、鴉はぴくりともしなかった。
「――こ、このっ」
云うと桜は堪えきれなくなったかのように、銃を鴉へ投げつけた。
不思議な程綺麗な弧を描いて飛んでいったそれは、鴉の太い嘴の端にかつん、と当たる。
鴉は不快そうに首を蠢かした。
雫は唇を噛む。
――いけない。
「ぎゃあッ」
一際大きく鳴き
咄嗟に雫は、傍らの毛深い虎に再び跳び乗る。
雫の気持ちが伝わったかのように、
虎はそのまま勢いよく駆け出すと――、
迷わず鴉へ向けて、跳びかかった。
虎の背から、雫は果敢に踏み切る。
月光を背に、木刀を高高と振り上げる。
そして――。
「せいやあああああああああああああ!」
鴉の脳天へ向けて、力一杯に振り下ろした。
遠方の空は、朝日に輝く紫雲が立ち籠めて美しい。
徐徐に明るくなってきた朝靄立ち籠める社の傍では――。
地に墜ちて動かなくなった大鴉を目の前にして、雫たち三人が漸く息をついていた。
万事が落着いてから、桜にも颯太の力の説明を済ませ、後は諸諸の始末をどうするか、という状況である。
「御剣様、本当に――本当に有難う御座いました」
桜は丁寧に頭を下げる。これまでとはまた些か違う真摯な様子に、雫は照れて、早口に誤魔化した。
「いやそんな、別にそんな大したことはしてないから」
「いえ――御剣様に命を救われました。感謝のしようも御座いません。このご恩は一生――忘れません」
顔を上げた桜は頬を朱く染めながら、澄んだ瞳で雫を熱く見つめていた。恥ずかしくなって、雫は眼を逸らす。桜は重ねて云った。
「東雲様も、描きし物に命を吹き込むそのお力、
桜はそう云いつつ、虎を見直す。
不細工な生き物は朝日を浴びながら、後足で顔を掻いている。
桜は、言葉に詰まる。
「この――その――猪も」
雫は青ざめる。
緩んでいた颯太の表情が、忽ち凶相になる。
「ほう」
「あ、いや、桜ちゃん、あのね……」
「猪に長い尾がついておるとは私も浅学にして知らなんだ」
必死に取り繕おうとする雫の努力も虚しく、颯太は仏頂面でそっぽを向いてしまう。
自分の失態に気づいた桜は、慌てて云い直した。
「いや、あ、あの、以前見かけた
「桜ちゃんもういい、もういいから」
大量の冷や汗を流しながら、雫は桜の口を押さえる。
「もうそのくらいにしておけ」
ぎろりと二人を睨み付けると、低い声で颯太は告げた。
「これ以上要らぬ事をぬかすと――そなたらの似顔を描くぞ」
「どうかそれだけはご勘弁を」
二人は声を揃えて云うと頭を下げた。どんな姿の何が出てくるのか、恐ろしくて想像したくもない。
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