その四十一 雫、再び空へ
厭な予感がして、雫は顔を歪める。
颯太の立つ、暗い地面の影が揺らいだ。
そう云えば。
出ていたはずの月の光がない。
雫は――少しずつ上を向いた。
「ギャア」
耳障りな鳴き声が聞こえる。
其処には、広げた翼が空を覆わんばかりの巨大な鴉が、
鳥居に留まって雫たちを見下ろしていた。
人の顔ほどもある黒光りする眼、太く鋭利な
天を覆い隠すほど大きな鴉は、じっとこちらを見据えていた。
「雫――」
雫の視線の向く先に気づいた颯太と桜も、口をぽかんと開け放したまま、化物を見つめている。颯太はゆっくりと、呟いた。
「――拙いぞ」
「分かってる……」
雫は腰に手をやる。今は、伽羅倶利屋で貸してもらった木刀を差している。多寡が鳥相手だからこれでたくさんだろう、とその時は思っていた。しかし目の前にいる妖物は、甘い予想と比較にならぬほど大きい。
「ぎゃあッ」
知らしめるように再び高く鳴くと。
鴉は鳥居から飛び立ち、真っ直ぐ雫の元へ滑空してきた。
素早く横っ跳びに避けると、雫はすれ違い様に木刀を厚いその羽に打ち込む。見事に当たったが、あまりの力の強さに雫はそのまま跳ね飛ばされて、ごろごろと神社の地面に転がった。
一応効いてはいるようで、鴉もギャアギャアと喚き立てた。しかし雫の側も、咄嗟に受け身を取らなかったら大変なことになっていたところである。痛みを堪えながら雫は素早く身を起こした。
一方上空まで一旦飛び戻った鴉は、ぐるりと空中で廻って、またこちらへと風を切って降りてくる。
空を見上げたまま、顔を引き攣らせて雫は叫んだ。
「ちょっと颯太! なんか出して!」
「え、な、なんかって何だ、ま、待て、今描く」
しどろもどろになりながら颯太は筆を執り始めたが、到底間に合わない。鴉の攻撃は始まった。
嘴を真っ直ぐ雫の方へ向けて飛んでくる。仕方がない。雫は足元の砂を引っ掴むと、思い切り投げつけた。目潰しである。卑怯でもなんでもいいから、取り敢えず相手の動作を封じなければならない。
しかし。
砂が来ると気づくや否や、鴉はばっと横に避け、その流れで片羽を使って雫にばさりと風を送った。
とんでもない風圧で着物の裾が捲れ揚がり、真っ赤になった雫はそれを押さえるのと同時に、颯太が見ていないか確かめるので躍起になってしまう。顔を向ければ案の定、筆を握ったままの颯太はぼうっと雫を見ていた。
「だからお前何で今だけ私を見てるんだ! 私のお尻なんかいいから集中して描け……うわっ」
自分で投げた
涙がボロボロ出てきて、雫は前が見えない。
「あーもー私のバカ!」
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