その三十二 雫、友のことを思う

 そうして雫が童たちを相手してやっていると、幼い方の男の子が近寄ってきて、雫が腰に差していた竹光に不意に触った。そして、鼻づまり気味の大きな声を上げる。

「あれぇ、軽いよ」

「おいお前、お侍さまの刀に触っちゃいけないんだぞ」

 兄らしい大きい方の男の子が訳知り顔で叱る。雫は苦笑した。

「私のは、別にいいよ」

「どうして、本物の刀じゃないの」

 女の子が、円い眼を更に円くして訊く。

「うーん……」


 雫は考え込んだ。予算の都合上、などと正直なことは云えない。否、果たして颯太の懐が足りたところで、自分は真剣を差すだろうか。どうせ殺生などはしないのだ。ならば、張る見栄もないというのに刀など持っていたところで、詮方ないことだろう。

 そう云えば、江戸時代の侍の中には実際、生計たずきが立たずやむなく刀を質に入れ、竹光を帯刀していた者もいたと聞く。雫と同じく、身形を整えるためだけのものである。ならば、中身の有るや無しやは意味がない。

 詰まるところ、必要なのはこの漆塗りの鞘だけなのだ。

「……重たいから、かな」

 最後に何となく、雫はそう応えた。


 そうこうしていると、ようやくお八つを食べ終えたらしい颯太がこの子達に気づき、よし、お兄ちゃんも遊ぶぞ、と云って騒ぎ出した。子供たちは大喜びだったが、誰よりも子供じみているのは颯太である。何をして遊ぶかを率先して考えているのだ。面倒見がいいわけでも何でもなく、ただ単に一緒に遊びたかっただけなのだろう。雫は頭が痛くなった。


「――どうかなさいましたか、御剣様」

 桜が微笑みながら云う。半ば判った上で云っているのだろう。桜と目を合わせている内に、雫もついには吹きだした。

「ふふふ……まあ、いっか。楽しそうだしね」

 雫は縁台に両の手をついて、この地に出来た最初の友人を見る。

 子供たちと駆け回る颯太は、誰よりも無邪気に、笑っていた。

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