その二十 雫、「邪鬼」に首を傾げる
「――雫ッ」
颯太に肩を揺さぶられて、やっと雫は我に返った。
「どうしたのだ。雫らしくもない。聞いていたのか」
「え? ああ、うん。聞いてたよ……」
辛うじて雫が頷くと、戸惑いながらも桜は話を続ける。
「それで――このままでは
「じゃき?」
雫は首を傾げる。
やけに唐突な、聞いたこともない言葉である。颯太も同様の顔をしていたところからして、これは知らぬのであろう。桜はこくりと肯った。
「はい。
「ほう。するとその邪鬼が
「いえ、それはどうやら、そうした
簡単に済ませようとする颯太に、桜は首を振った。
「『邪鬼』とはしっかと
立て板に水と云った調子で桜は語る。
感心して聞いていた雫は、最後に云った。
「詳しいね、桜ちゃん」
「いえ――」
ただの噂に御座います、と桜は羞じらうように顔を背けた。
「しかしそれでは――
颯太が首を捻る。確かに話を聞く限りでは、そんな茫漠たるものなど倒しようがないように思える。
しかし桜は、そうとは限りません、と応えた。
「人の躰にも、気の流れの集まるところに急所が御座いましょう。それと同じように、邪鬼の強く深く
此処まで話して不意に言葉を濁すと、桜は少し、不安げな表情を浮かべた。雫は首を傾げる。
「どうか……したの?」
「いえ。これも、聞いた話に御座いますが――どうもこのところ、お武家様のお屋敷や、千代田のお城の様子がおかしい、と」
「江戸城が?」
雫がつい大きな声を出すと、御剣様っ、と桜が焦った。
「あまり大きなお声を出されませぬよう――」
「え、ああ、ゴメン……」
町人がお上の噂など、往来でおいそれと口に出すものではないのだろう。
周りを行く人人に気取られないよう恐る恐る、囁くように桜は云った。
「何やらお屋敷に
桜は言葉を切った。雫にも、この娘が何を云いたいのかは判った。
既に武家屋敷や江戸城の内にまで、
妖しき邪鬼の
暗く澱んだ陰気の立ち籠める、町の行く末を雫は想像した。
厭な光景だった。
――だが、そうなると。
姫様と呼ばれていた、あの美しき娘。
彼女が
しかし――己の日常と余りにかけ離れた物事が続きすぎて、雫はどうやって考えを巡らしたものか、未だに見当も付かなかった。
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