第43話 ヒイラギと、ヤシの木
食事が終わり、パーティーが始まるまでの間は自由時間となった。
入浴するなり好きにしろとのことだが、諸事情で大浴場の使えない桜川と、そもそもそこまで行くのが面倒な俺は、今日も今日とて部屋の風呂である。
ちなみにジャンケンは、俺の勝ち。
(ようやっと、明日で帰れるのか……)
長いような短いような、3日間。
うち1日はホテルで引きこもっていたが。
特に思い出になるようなものといえば、何だろうか。
風呂から上がると、入れ替わりでやってきた桜川は、いつもより多い荷物を抱えていた。
「どうしたんだ、そんなに。まさか洗濯でもする気か?」
「違うよ」
「じゃあ何なんだよ」
「いっわな~い」
いつもより軽い足取りで、扉の向こうへと消える。
そんなにサプライズパーティーが楽しみなのか。
やれやれと思いながら、俺は小さくため息をついた。
30分後、風呂から上がってきた桜川を見て、俺は驚愕した。
恐らく向こうの目には、口を半開きにしている俺が映っていることだろう。
そして当の本人は、ややわざとらしいくらいの上目遣いでこちらを見返していた。
「カイト君、どうかな……?」
さっきまで履いていたチノパンではなく、真っ白なロングスカート。
桜川がくるりと回ると、雪のようにふんわりと舞う。
「ねぇねぇ、どう? 可愛い?」
その服には、見覚えがあった。
確か、秋休みにコイツが我が家に転がり込んできたとき、一緒に買ったものだ。
あの時はつい「普通に似合う」程度のものを選んでしまったが、こうなるならもっと良いやつにすれば良かったと、少し後悔した。
「可愛いも何も、それ俺が前に買ってやったやつだろ」
「あ、覚えてたの?」
「そんなに俺の記憶力は信用ないのか……」
「だって、ねぇ」
「何が『ねぇ』だよ」
でもね、と桜川は続けた。
「せっかくカイト君が買ってくれたし、絶対どこかで着ようって思ってたんだよね。だから、クリスマスパーティーやるって聞いて、着るなら今しかないじゃん! って思ったの」
「そうか」
そのかわいらしさに、思わず頭でも撫でてやりたくなった。
が、いきなりそんな真似をしたらどんな目にあうか想像もつかなかったので、代わりに俺はわざとらしいくらいの恭しさで膝を折る。
「間もなく宴のお時間です。お嬢様、お手を」
「ええ、行きましょう。エスコートよろしくね」
こんなことをしているのも、全部クリスマスのせいだ。
パーティー用に装いを変えた宴会場は、空間に流れるBGMのおかげで、食事時よりも騒がしくなっていた。
そして俺たちといえば、手をつないだまま来てしまったおかげで、初っ端からパーティーの盛り上げに貢献することとなった。
冷やかしというか何というか、そんな感じの連中も少しばかりいるようだ。
そのほとんどがクラスメイトだが。
「おうおう、ようやくここまで来たかぁ……アンタたちも長かったねぇ」
「あのなぁ……」
「別にいいのよ、今日はなんてったってクリスマスだからねぇ?」
頼むから松波さん、そんなどこかの金剛力士像みたく睨まないで下さい。
俺だって多少の羽目を外したいときはあるんです。
大多数は親の仇のような視線をぶつけてくるが、我らが3組は拍手をしながら「おめでとう」とでも言ってきそうな雰囲気である。
……って、本当に言ってる奴がいるじゃねぇか。
というか待て、なんでクリスマスパーティーに結婚行進曲が流れてるんだよ!? BGMの選曲おかしいだろ!?
と思っていたら、急に曲が止まり、鈴とピアノの合わさった曲に変わった。
一体どんなミスだよ。
周囲を見てみれば、先生方は会場の隅で妙に目立たないようにしていた。
というか、マイクの押し付け合いなぞをしている。
それでいいのだろうか。
「流石に進行はホテルの人がやるよね……?」
「さぁな、こっちに飛び火するようなことがなきゃいいが……って、まずい。目が合った」
担任の牧村先生と視線が重なってしまった。
そして向こうは、何かを思いついたような表情でマイクのスイッチを入れる。
そして。
『3組の桜川さんと水谷君は、先生方のところまでお願いしま~す』
「俺らを何だと思ってんだよ、あの人は!」
「カイト君、どうしようか?」
「ああ、とりあえず」
『聞こえなかったフリをしても、無駄ですよ~?』
途端に周囲がどっと笑う。
誰だよマイク握らせたの。というか職権乱用だろ。
急いで先生の元へ寄り、厳重に抗議をする。
「一体全体何の用ですかって、言わなくてもいいですよね」
「カイト君、もう言ってるよそれ」
「いいんだよそこは。……パーティーの進行ならやりませんからね」
「そ、そうですか……」
案の定以下の反応だ。
高崎先生から押し付けられたとはいえ、せめて仕事なんだからちゃんとやってほしいところではある。
「別に俺らが仕切ってるわけじゃないんですから、やってもしょうがないと思いますよ」
「ですよね……はい、頑張ります」
頑張ってください。俺らは食べたり飲んだりで忙しくなるので。
パーティーといってもそこまで盛大なものはなく、全員参加のビンゴゲームだとか(賞品は図書カードだった)、修学旅行で撮りためた写真のスライドショー(両手にBBQの串を抱えた桜川が映った瞬間がハイライトだった)と、至って普通のイベントである。
流石にダンスを開催した時は、授業を思い出した連中が多かったのか少しまばらだったが。
俺は無理やり桜川に引っ張られ、衆人環視の中で3曲も踊ることとなってしまい、見事黒歴史を更新する羽目になった。
軽食はジュースが数種類と、一口程度で食べられるチキンやハム。
夕食後だというのに、「ダンスやったから」とそこそこの量を平らげる桜川には驚くしかなかった。
時間が経つにつれてパーティーは盛り上がり、宴もたけなわといったところで解散、就寝時間となった。
部屋に戻ると、桜川からクリスマスプレゼントを渡された。
「はい、これ。メリークリスマス」
「どうしたんだ、いきなり」
「プレゼントだよ、プ・レ・ゼ・ン・ト。ね?」
「いやでも、俺何も用意してないし——」
「いいのいいの、こういうのは気持ちだから」
「……そうか」
箱は大きさの割に、大した重さは感じられない。
中身は……あまり考えないほうがいいか。
「ねぇ、開けてみて」
言われるがままにリボンを解き、蓋を開けると——。
入っていたのは、折り畳まれた手織りのマフラーだった。
「これって、もしかして……」
「うん、家庭科の授業で作ってたやつ」
「んなっ……!!」
たまたま授業を受けていた時のテーブルが一緒だったから、何をしていたかなんてはっきりと知っている。
そのときは興味もなかったので聞くこともなかったが、まさか俺に渡すつもりだったとは。
これで桜川に驚かされるのは、今日で何度目だ。
これもクリスマスの「魔法」というやつなのか。
「まぁ、その……なんだ。ありがとな」
何も言わず、笑顔で頷く桜川。
そして、こんなことを切り出した。
「カイト君、あのね——」
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