第42話 南国のクリスマス
今夜も食事会場のホール前は、多くの生徒でごった返していた。
「おう水谷、今朝は保健室送りと聞いたが、もう釈放されたか」
「人を犯罪者か何かみたいに言うな、馬鹿」
相変わらず
「あ、水谷お帰りー」
「おう」
「水谷くん、早かったねー。もう帰っちゃったかと思ったよー」
「風邪ごときで帰るわけがあるかっての」
テーブルメイトたちも、すっかり南国を味わってきたようで本当に羨ましい限りである。
……もっとも、桜川となぜか同じコースになっていたし、ホテル監禁が全く最悪だったかといえばノーなのだが。
「今夜は、意外と豪勢ね……あれローストチキンでしょ」
「ああ、向こうのドリンクはシャンメリーか、てことは」
「あ、クリスマスケーキだ!」
小学生みたいに目をキラキラと輝かせながら叫ぶ桜川。
微笑ましいといえば微笑ましい……のだろうか?
「落ち着け、デザートは最後だろう」
「そ、それもそうだったね……」
今日は珍しく、食事の前に話があるということで料理は眺めるだけ。
多分というかほぼ間違いなく、何かあるのだろう。
「はーい、注目ー」
今夜の司会担当(?)は高崎先生である。
「さっき見た通り、今夜の夕食はクリスマスメニューなんですが、ホテルのね、支配人さんからみんなにお伝えしたいことがあるということなんで、一度マイクのほうを代わりたいと思います」
そういって、先生は隣に立っていたスーツ姿の男性にマイクを渡す。
完全に白髪だし、年は70を超えているくらいだろうか。
「琴吹高等学校の皆さん、この度は当ホテルにご宿泊いただき、誠にありがとうございます。さて、本日は修学旅行3日目、最後の夜でございますが、それと同時にですね、先生がおっしゃいました通りクリスマスでもあります。ということで、私共の方から、サプライズとしてクリスマスパーティーを開催させていただくこととなりました。こちらは既に先生方からは『就寝時間までには』ということで承諾を頂いておりまして、また軽食もご用意をさせていただきたいと思いますので、是非みなさまお越しください。なお場所はこちらの宴会場となりまして、ご夕食終了後は一旦締めさせていただきますことご承知おきください」
話が終わると同時に上がった、歓声と拍手。
支配人から再びマイクを代わった高崎先生が、やや苦笑いと言った表情を浮かべながら補足した。
「つーわけで、ホテルのみなさんの『ご厚意』ということでパーティーをやります。念のため言っておくけど、軽食も出るからと言って、いま夕食は食べ惜しみしないようにね? あ、そうそう、先生方も一応いるから、そこは羽目を外さんように。オレはめんどっちいから牧村先生に任せるけど」
ええ、私ですかぁ!? と、斜め後ろの教員テーブルで素っ頓狂な声を上げたのは我らが担任であった。
突発的な笑いがそこらから上がる。
「まあ、そういうことなんでね、1つよろしくと。後は……そんなもんかな? はい、以上!」
先生の豪快なガハハ笑いと共に、クリスマスディナーが始まった。
今まで引きこもっていたのはどこへやらと、俺の食欲はいつも以上だった。
まずは、ローストチキンをいただく。
とろみの付いた照り焼きソースが、コクのある肉汁と絶妙に絡み合って非常に旨い。
肉も程よく柔らかく、パサパサとした感覚もない。
ブドウ味のシャンメリーが合わさると、ほとんど高級ディナーの気分だ。
次は小さなシチューパイ。
こんがりとした生地にスプーンを入れた時の、テンポの良い軽快な音が少し癖になりそうだった。
中身のシチューも非常に味がよく、肉も野菜も口の中でとろけていくような気がした。
1周目の料理を食べきったところで、隣の桜川が料理の感想を聞いてきた。
「カイト君、シチューパイどうだった?」
「すっげー美味かったぞ。そっちはどうだった?」
「ほうれん草と鮭のキッシュがすごい良かったよ」
「そうか。ところで、キッシュってなんだ?」
「何ていうのかな……焼いた茶わん蒸しって感じかな? 卵入ってるし」
焼いてるのか蒸してるのかどっちだよ。
興味はあったので、次はそれを試してみるとしよう。
ふと、柿沼以下3人の様子を見てみたが、こちらと同じものを取っていた。
違うといえば、既にデザートらしきものが置かれていることくらいだろうか。
松波がこちらに気づくと、ジトっとした目でこちらを見返してきた。
「ケーキは自分でとってきなさい」
「そうじゃねぇよ。てかケーキに手を出すの早いなおい」
「並ぶのやだし、最初に確保しといたの」
「そうか」
ところで、と松波は話を変えた。
「この後のパーティー、何やるとか知らない?」
「知るかよ。俺だって今さっき知ったところだぞ」
「軽食とか、出るんだよね。楽しみだなぁ」
「
「2人して言わなくてもいいでしょ!」
会話に乗り込んできたくせに、ツッコミ食らうの覚悟してなかったのかよ。
「でも、服とかこのままでいいのかな」
「誰もパーティー用の服なんて、持ってきてねぇだろ。制服ならもっとだ」
「そこまで肩張らなくても、いいんじゃない? 高崎先生もあんな調子だったし」
「それもそうか」
俺はこのとき、桜川の目が妙に据わっていたことに気づかなかった。
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