第41話 白昼夢は正夢になるか?

 急に目が覚めると、時計は3時半すぎをさしていた。

 やや寝ぼけた頭で起きると、いつの間にか桜川が戻ってきていた。


「カイト君、おはよう。……起きた? 起きてる?」 


 食べた後はどうしても眠くなるもんだ。こんな昼間に堂々と寝られたのはたぶん久々だな。


「そう。それで、具合の方は?」


 今はもう何ともねぇよ。


「そっか。良かったね。そうそう、カイト君にお土産買っておいたよー」



 そういって、桜川は背負っていたリュックから荷物を取り出す。

 今日は、珍しくズボンだったようだ。久しぶりに見る姿だった。

 ……は?

 いや、確か今朝の桜川はスカートを履いていたはず……。


「カイト君、どうしたの? の顔に何かついてる?」


 そして声をよく聴いてみると、奴であって奴ではないような気がした。

 というよりも、少し低く男っぽい声色になっている。

 ……誰だ、コイツは。


「なあ、聞いてもいいか」

「どうしたの? あ、お土産の話? アレだよ——」

「そっちじゃねぇ。……お前は、誰だ」

「誰って、僕は僕だよ」

「違う。お前は俺の知ってる桜川真じゃねぇ」


 すると桜川は、右手で袖を掴み、生気のない目をしながら深くうつむいた。


「どうしてそこまで、僕を疑うの? そんなに僕が変なの?」

「ああそうだよ、俺の知ってる『お前』は、今の『お前』じゃない」

「……それは、僕が『男らしくない』から?」


 今の言葉で、確信した。

 コイツは偽者だ。


「いいや、違う」

「じゃあ、何なの?」

「今、男らしさがどうとか言ったな」

「そうだよ。だって僕は背も高くないし、顔も声も——」


 俺はそれ以上続けようとする奴の言葉を、自分の言葉で遮った。


「良いこと教えてやるよ、偽者。本物の桜川真はな、絶対にそんなことは言わねぇんだよ!!」


 即座に握りこぶしを作り、奴の顔面へ右ストレートを叩き込んだ——。




 ******




 何故か俺は勢いで飛び上がった。

 体は未だにベッドの上である。

 外から入ってくる昼下がりの日光が、時間を教えてくれた。

 今のは、夢か。

 俺は深くため息をついた。

 それにしても、やけにリアルだったな。

 だが、あの桜川は何だったんだろう。

 寝ぼけた頭を横に振り、これ以上考えるのをやめた。




「うん、熱はもうないみたいだね。戻ってよし」


 また先生に熱を測られ、ようやく解放の許可が下りた。

 桜川は、何故か既に俺の荷物を抱えてドアの前で待機している。曰く、


「だって、カイト君待つのめんどくさいし、いちいちドア開けるのも手間だし」


 だそうである。


「先生、ありがとうございました」


 俺より先に言うなよ。保護者か。


「桜川さんもお疲れ様。帰ってきてすぐなのに、わざわざありがとうね」

「まあ、ルームメイトですから」

「普通はここまでお節介はしないと思うぞ……」

「いいのいいの、病人は黙ってお世話されてて」

「もう治ったんだが」

「はいはい」


 人の話を聞けよ。


「やっぱり仲良しなんだね、君たちは」

「先生、茶化すのは勘弁して下さい! あとありがとうございましたッ!」

「ちょっとカイト君、別に押さなくてもいいでしょ!?」

「もう治ったんだ、長居は無用だろ!」


 そのまま勢いで廊下へと飛び出す。

 部屋まで桜川を引きずり、鍵を出させる。


「早く開けろ」

「そんなに慌てなくても……何か都合悪いことでもあるの?」

「いいから開けろ」

「そういうこと言うなら、あっけなーい」

「よこせ」


 鍵をひったくり、乱暴にドアを開けた。

 そういえば、俺の荷物は……。


「カイト君」

「ああ、荷物返せ」

「その前に、言うことあるでしょ」

「何がだ」

「これ」


 と、俺のバッグを突き出す。


「ああ、どうもありがとうよ」

「はい。も少しちゃんと言って欲しいところだけど、まぁいいや」


 桜川からバッグをひったくり、部屋に入って即座に荷物置きへ。

 ホテルではあるが、ようやく自分のベッドに戻ることができた。



 向こうからすれば何気ない台詞だったのかもしれないが、俺は全く同じ言葉を聞いているのだ。


「あっ!?」

「ど、どうしたのカイト君そんな怖い顔して。何かあったの?」

「い、いや別に……すまん……」


 そして俺は、もう1つの違和感を覚えた。

 よくよく桜川を見てみれば、朝のときと服装が違う。

 ベージュ色のチノパンに、シャツ。

 ……うっすらと、どころではない既視感デジャヴ

 なぜだか嫌な予感がした。


「カイト君、の顔に何かついてる?」

「そういうことじゃないんだが、お前、服どうした?」

「え? ああ、カヌー体験やったからね。着替えたんだよ」


 思わず深いため息をついた。

 その音は、もれなく聞こえていたようで。


「カイト君、そんなにボクの恰好似合わない?」

「そういうわけじゃねぇ! 誤解だ誤解!」

「だって、そんな反応されたらさぁ……」


 桜川の視線は、床を突き抜けて地面に行きそうな勢いだった。


「仕方ないと言えば仕方ないんだけどねぇ……やっぱりスカートの方が好きかな」

「でも、なんだ。今の恰好も、それはそれで良いんじゃないか?」

「そう? ありがとう。ホントはね、お姉ちゃんと買いに行ったんだよねぇ。パンツスタイルのコーデは分かんなくて」


 スイッチの切り替えがなかなかに早くて助かった。

 楓さんとは夏休みに会ったきりだが、ジーパンスタイルが非常に良く映える人だったな。


「あ、忘れてた。カイト君にお土産」

「サーターアンダギーかちんすこうか、どっちを買ったんだ」

「何そのニヤニヤ笑いは。……当たりだけどさ。はい」


 渡されたのは、小さな袋に入ったサーターアンダギーであった。


「今すぐ食べたいところだが、あと1時間もすれば飯になるし、帰って来てから食うとするよ」

「そうだね」


 今日は、12月25日。

 何かが起きそうな、そんな予感がした。

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