3日目
第39話 それは、小さな災難
朝、備え付けのアラームで起きると、妙に体が重かった。
熱っぽくはないが、動くのが少し辛い感じがする。
「カイト君、起きた?」
「あ、ああ……」
少しばかり声も出しづらい。
喉のあたりが腫れている気がする。
「か、カイト君!? 大丈夫!? 風邪引いたの!?」
「わからんけど、ちと体が……」
「起きられる?」
「一応は……」
「とりあえず、使い捨てマスクあげるからしておいて」
そういって桜川は自分のバッグを開くと、パックごとマスクをくれた。
ベッドを支えにしながら、ややふらつきながら立ち上がる。
「本当に、大丈夫? 無理しないでいいんだよ? 保健室の先生呼んでこようか?」
「どうせ下に……いるだろ、ならこのまま……行った方が……早い」
のどが腫れているせいか、喋るのが辛い。
おかげさまで桜川の心配ゲージを上げてしまったようだ。
「そう……心配だから、私ついていくよ」
「ついて行くも……行き先一緒だろ……」
「そんな声で話すの、辛いでしょう? とりあえず先生のところまではついていくから」
というわけで、桜川のいるんだかいらないんだか分からない手を借りつつ、部屋を出た。
宴会場前につくと、出欠確認のテーブルから少し離れたところに保健室の先生がひとり、テーブルでどこか暇そうに座っていた。
「後は良いから、飯食って来い」
「カイト君が心配だから、一緒にいる」
子供かお前は。
まあいいや、と思いながらも先生に話しかける。
「あのー、体温計ありますか?」
「水谷くん、珍しいけどどうしたの?」
「ちょっと朝から体が重くて……」
そこまで言うと、先生は腰に下げていたポーチから体温計を取り出し、俺を椅子に座らせる。
「じゃあこれ、脇に入れて。鳴ったらみせてね。桜川さんは、朝食行って大丈夫だよ。ありがとう」
失礼しました、と言って宴会場へ向かう。
差し込んだ体温計が鳴るまで、ただひたすら待つ。
3分後、目覚まし時計のような単音が小さく鳴った。
液晶に出ていた数字は、「37.7℃」。
「水谷君は、平熱どのくらい?」
「6度5分くらいですかね」
「まあどっちにしろ今日は保健室で寝ててね。あとで桜川さんにあなたの荷物持って来てもらうとして……朝ごはんは、食べられそう? 食欲ないとか、他に変わったところはない?」
「ええ、まあ……」
「とりあえず今は寝ていてね」
今度は先生に付き添われて逆戻りとなった。
保健室、といっても実際はホテルの1室、有り体に言えば「隔離部屋」である。
荷物はあるが誰も使った気配のない部屋に通され、「好きなベッド使っていいから」とだけ言われて取り残される。
一応は病人なので、ほったらかし状態もどうかとは思うがその点は考えても仕方がない。
既に疲れモードに入っていた俺は、本能のままに寝床へ潜った。
目を閉じるが、起床から時間が経ってしまっているので、眠くはならない。
ただひたすらに、時間が過ぎるのを待つ。
10分ほどしたころだろうか、ノックの音と共に誰かが部屋に入ってきた。
保健室の先生だった。
「水谷君、大丈夫? 朝ごはん持ってきたけど、食べられる?」
「ええ、大丈夫です……」
上半身だけ体をを起こす。
先生が持っていたトレイの上には、パックの製品らしきものがいくつか載せられていた。
「これ、本当はアレルギーの子の分なんだけど、こういう時のために少し用意してもらってた予備だから。もし食べられそうだったらテーブル使っていいよ。食べ終わったのもそのまま置いといていいから。まだ下は朝ごはんの最中だから、荷物はもう少し待ってて。今必要なのとかって、ある?」
「は、ないです」
「分かった。じゃあ後でね」
「はい」
再び、1人になる。
ベッドから出ると、置かれた「朝ごはん」をのぞき込む。
白米、切り干し大根と、売店で買ってきたのであろうインスタント味噌汁。
幸い備え付けのポットは既にお湯が沸いていたので、そのまま使わせてもらった。
量も少ないためか、食べ終わるのに時間はかからなかった。
備え付けの時計が8時を過ぎた頃、先生がマスク姿の桜川を連れて戻ってきた。
桜川が運んでいたのは、俺のキャリーバッグだった。
「水谷君の荷物はこれだけかな?」
「はい」
「カイト君、大丈夫?」
「さっき飯は食ったし、今は寝かせてくれ」
「写真はいっぱい撮っておくから! また夕方にね!」
血液が胃袋に回り始めたようで、ややまぶたが重い。
「しおりに私の番号書いてあるから、何かあったら電話してね。一応ホテル内にはいるから。……まさかとは思うけど、勝手に抜け出したりはしないように、ね?」
しませんよそんなこと。というか、考えたこともなかった。
「それじゃあ、お昼にはまた様子見に来るから」
テーブルの上にあった食器類を回収して、先生は出ていく。
やることもないし、もう俺は寝たいんだという本能に任せ、再び意識を落とした。
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