第38話-1 ウチナー島めぐり旅(前編)

 騒々しい朝食が終わり、部屋を片付けたら後は出発するのみ。

 いつだったかに決めた班のメンバーは、今朝の面々から柿沼がいないだけ。

 正直、テーブルのメンバーと班員くらいは変えてほしかったが、こうと決まってしまった(というか、教師側が決めてしまった)のだから仕方がない。

 今日の集合場所はホテル裏の駐車場。

 普段はバスが停まっているであろう場所に、タクシーがぎっしりと並べられていた。

 その脇に、ドライバーのおっちゃんがずらり。


「それでは、班ごとにドライバーさんを紹介しますので、1班から来てください。んで見ての通りだから、打ち合わせは車の中でよろしくね」


 高崎先生の豪快ともいえる言葉。

 さっさと行け、ということなのだろう。




 流石に5人もタクシーに乗るのは窮屈だろうと思っていたが、中はそこそこ余裕があった。

 車いすごと乗れる設計と言うだけあって、助手席もそれなりに快適である。

 女子(桜川含む)は後部座席で、早速あれこれと話をしていた。


「じゃあ、今日はよろしくお願いします」

「はい、よろしく~」


 沖縄特有の訛りが、耳に心地いい。気のいいオジサンと喋っているような感じだ。


「一応、行先は貰ってるんだけどね、ルートとしては少し順番を入れ替えた方が良いところがあるんだよねー。そのあたりはどうかな?」

「そこは全てお任せします。僕らも地理はともかく交通までは分からないので」

「はい。じゃあシートベルトをお願いします。後ろの女の子達もいいですか?」

「「「はーい」」」


 3人仲良く返事をする。

 まあ、桜川に関しては女装だなんて赤の他人が気づける余地はあるわけがない。

 むしろ気づいたら表彰モノだ。


「それじゃあ、最初は美ら海水族館へ行きますね。中にレストランもあるので、午前中はゆっくり楽しんでください」




 ホテルを出発して、しばらく海沿いの道路を走る。

 港へ向かおうとする直前で内陸部へ曲がり、県道と国道を通ってようやく高速道路へ。

 本島をほぼ縦断する長旅のためか、着いた時には後部座席の会話が寝息に変わっていた。

 そんな様子を見て、おっちゃんは苦笑いといった様子である。


「毎年こうやって修学旅行の生徒さんお乗せしてるんですがね、高速入ったあたりで大体起きてるのは男子生徒の方だけなんですよ」


 駐車場についてもなお目を覚ます気配のない3人であるが、放っておいても仕方がないので、シート越しに声をかける。


「おーいお前ら、起きろ。水族館着いたぞー」

「うにゃん……?」


 最初に目を覚ましたのは桜川だった。


「もう、着いたの……?」

「おう。そっちの2人も起こしてくれるか」

「佳織、沙紀、水族館着いたってー」


 あとの2人も、眠そうな目をこすりながら背を伸ばす。

 先に声を上げたのは松波だった。


「着くの意外に早かったね……」

「寝てたらそうだろうよ」

「水谷は起きてたの?」

「まあ、な」

「そう……」

「大丈夫か、ちゃんと頭は回ってるか」

「アンタよりはマシよ」

「そうか」


 嫌味が言えるくらいなら問題ないだろう。

 車を降り、まずは水族館の看板をバックに記念撮影。

 水族館入口まではドライバーのおっちゃんが案内してくれた。


「そいじゃあ、皆さんごゆっくりね」

「ありがとうございます!」

「水族館の入り口は、この先のエスカレーターを降りたところにありますんで、間違えんようにしてくださいね」

「はい」


 口々にお礼を言い、モニュメントの前で別れた。




 海人門ウミンチュゲートという名前がついた、ガラス張りの屋根。

 そのずっと先に、どこまでも広がる青空と、遥か遠くまで見通せる海が広がっている。


「うわあ、すっごい眺めだね……」

「はあ……」

「ほえー……」


 あっけにとられる女子3人(桜川含む)。

 宮野と松波に至っては語彙力を海に放流してしまったようだ。


「カイト君、あっちはなに?」

「どうした……って、おい?!」


 何かを見つけたかと思えば、いきなり人の腕を引っ張っていくのはどうなのか。

 連れて行かれた先にあったのは、何かの水槽だった。


「ねぇ、見て」


 言われるがまま下をのぞき込んでみれば、色とりどりの魚がサンゴのあいだを泳いでいた。

 ネットで見たときはそれほど興味もなかったが、いざ実物を見てみると、思わず引き込まれてしまいそうな何かを感じた。


「カイト君、行こうか」

「ああ」


 少し眺めていただけで満足したのか、水族館の入り口へ真っ先に飛び込んでいった。




 水族館の構造は、3階から入って1階から出るようになっている。

 階を下るごとに、展示する魚の生息域が深くなっていく。

 サンゴ礁の海から始まって、出口エリアは深海魚の展示といった具合だ。

 じっくり見て回っていたら昼を過ぎて夕方になってしまうので、ほとんどのエリアはさっと眺めたり写真に収めたりと言う形で終わってしまった。

 それでも、タッチプールで魚やヒトデに触れてみたり(桜川は嬉々としてナマコを愛でていた)、深海魚の展示をじっくり眺めたり(タカアシガニを見て、つい食べたいと思ってしまった)と、それなりに楽しんでいた。

 そんな中で、俺たちが揃って驚嘆したのは、ジンベイザメのいる巨大水槽である。




「「「うわあ……!」」」

「おお……」


 デカい。とにかくデカいのだ。

 高さ10mと数字だけで言われても淡泊すぎて想像がつかないが、自分の住んでいる家がすっぽり入ってもなお余裕があると考えると、そのスケールにぎょっとする。

 そんな中を、ジンベイザメやエイ、その他の魚が遊泳しているのだ。


「大きい大きいとは言われてるけど、見てみるともっとすごいね……」

「それはサメの方か水槽の方か、どっちだ」

「どっちもだけど。……何ていうか、人間って意外と小さい生き物なんだなって気がする」

「人間よりデカい生き物なんざ、世界にはもっといるだろうよ」

「うーん、そういうことじゃないかな? 間違ってはいないけど」


 微妙に桜川の言いたいことがわからない。


「うーんとね……まぁ、いいや」

「いいのかよ」

「そんな大したことじゃないし。ねぇねぇ、あっちは何?」


 他の班員をほったらかして桜川に連れられるまま、向かった先は1つ下のフロアにある、「アクアルーム」。

 水族館2フロア分の高さがある水槽の一部を、見学スペース用にえぐりとったような形をしていた。


「そこ、空いてるから座ろう」

「ああ」


 流石に少し疲れたし、休憩がてらここでゆっくりしてもいいだろう。

 すると早速、あのジンベイザメが頭上を泳いでいった。

 巨体が水槽上の照明を隠し、床に影をつくる。

 周囲からは、おおというどよめきが上がった。


「真上からだと、もっとすごいね……」

「ああ……」


 悠々と泳ぐジンベイザメの姿は、一種の風格のようなものを感じさせる。

 海の王者、と言うと少しオーバーすぎるが、それに似たような気がしていた。

 しばらくして、遠くから宮野の声が聞こえた。


「あーいたいた! アンタたち何してんのそこでー!」

「佳織、水族館でそんな大声出さない。それにあの2人のことだから、仲良くデートのつもりだったんでしょ」

「ち、違うから!」


 おい、反論するのはいいが、声を上ずらせてどうする。


「デートの最中で悪いんだけど、そろそろご飯にしないと時間がまずいから、次のフロア行きましょ」

「あのなぁ……」

「あとで弁解やら言い訳はたっぷり聞くから、ね? はい行くよ行くよ」


 今度は宮野に引きずられつつ、水族館見学を再開した。

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