第33話 沖縄そばとソーキそば
飛行機を降りれば、そこは南国。
同じ国の、同じ季節だというのにここまで景色が違うとは。
「めんそーれ」と書かれた看板をくぐり、外へ出る。
空気に触れた瞬間に、暖かいというより暑く感じる。
機内でもそこそこ着込んでいた、というのもあるが。
出迎えのバスが待っている駐車場へ移動する間に、ほとんどの生徒が薄着になっていた。
それとは対照的に、隣の桜川はやや生気を失ったかのように黙々とキャリーケースを引いて歩き、表情もやや疲れている。
つい数時間前のテンションは、どこへ置いてきたのだろうか。
「それ、暑くないか? 脱いだらどうだ?」
コートは右手に持っているものの、未だにセーターは着たまま。
「うん、あとで」
「大丈夫か?」
「ちょっと、飛行機酔いしたかも」
そういうヤツは、まるで打ち上げられた魚のようになっていた。
「薬はちゃんと飲んだか?」
「うん。朝、飲んでから来たんだけどね。お昼食べたら、治るかなあ」
「まぁお前のことだ、食ったら一瞬で治るだろ」
「カイト君の、バカ」
顔は確かに少々怒っているようだったが、今はそんなエネルギーも無いようだった。
バスに揺られながら、空港を発つこと30分。
最初の目的地は、昼食会場を兼ねたドライブイン。
再び「めんそーれ」の看板に出迎えられ、店内の奥へ通されていく。
わざわざこのために調えたらしく(当たり前といえば当たり前だが)、長机がずらりと並んでいた。
島の数は、ちょうどクラス数と同じ。
それぞれの一番手前に、ちょこんと「1組」「2組」と書かれたプレートが置かれていた。
全員が席に着くと、運ばれてきたのは一杯の丼。
中身はご飯ものではなく、麺類。
ソーキそばである。
「うわぁ、美味しそう」
スープのだしと、よく味の染みた豚肉の香りが非常に食欲を刺激してくれるせいか、さっきまで静かにしていた桜川はようやく平常運転に戻ったようだ。
いただきますの合図とともに、威勢よく箸を割っていく。
「うーん、おいひ~」
今まで1度も見たことがない笑顔で、そばをすする桜川。
その「幸せオーラ」のようなものに、俺を含めた周囲は少し引いていた。
「いやー、まこぴーがあんな顔するとはねぇ。あたしも驚いたわ」
左隣の宮野が頬をひくつかせながら、斜向かいの桜川を見ている。
全く同感だ。
「飛行機酔いしたとは言ってたが、まさか朝飯食ってないなんてことはないだろうなアレ」
「うーん、どうかしらね。アンタの見解的にはどうなの? 曲がりなりにも旦那でしょう?」
「旦那どころか彼氏にすらなった覚えがねぇ」
お前らまだ学祭の戯言を広めているのか。そろそろしばくぞ。
「冗談はともかく、初日から具合悪くしてたらこの先大変よ?」
「今回のは風邪引いたとかそういうのじゃないから、大丈夫だろ」
俺たちの会話を聞いていた桜川が、ふと箸を止めた。
「そういえばさ、沖縄そばとソーキそばって何が違うのかな」
「その答えが、もうすぐ出そうだな」
箸を握ったまま、片隅のマイクが据えられた一角を親指で示す。
ちょうど店員らしきおばちゃんが姿を見せたところだった。
「えー、みなさんこんにちは。本日は沖縄にお越しいただきまして、ありがとうございます。皆さんが今召し上がられているのはですね、沖縄そば言います」
沖縄地方独特の訛りでゆっくりとしゃべるおばちゃん。
食べながらなので、話を聞いているのは6割前後と言ったところだろうか。
「この沖縄そば、皆さんが聞いたことのある『ソーキそば』と何が違うかと申しますと、入っている具材によって名前が変わるんですね。この『ソーキ』というのは、ウチナーグチ、琉球の方言で『豚肉』、『スペアリブ』のことを言います。今日のそばに入っているのは豚のバラ肉なので、正確にはソーキそばという名前にはなりません」
「だとさ」
「へぇー」
感心したように、肉をつまむ桜川。
「明日はソーキそば食べたいなー」
「班行動のルートにはないぞ」
そう、コイツとは何の因果か明日も一緒なのだ。
正直に言って、既に頭が痛い。
しかし今は、この時だけは食べることで現実逃避することを選んだ。
昼食が終わり、再びバスへと乗車。
向かった場所は、平和祈念公園。
「摩文仁の丘」とも呼ばれる、テレビで何度も見かけたその場所だった。
ガイドさんの案内で公園内にある戦跡を回り、最後は海をバックにクラスごとの写真撮影。
広場から見ると、「平和の礎」が扇の形に大きく広がって作られているのがはっきりと分かる。
その後は一時解散、自由散策となり、俺は早速資料館へと足を踏み入れた。
いつものごとく、桜川も一緒だ。
明治時代から、戦時下の沖縄、そして戦後までの歴史が資料や証言によって綴られている。
最初は興味津々といった様子の桜川も、戦争の実物展示はインパクトが大きかったようだ。
グロテスクというか、そこまでおどろおどろしい資料はなかったものの、互いに表情が真顔になった。
「なんか、すごかったね」
「それだけのことがここで起きた、ってことなんだろうな」
「ねぇ、外行こうよ。広場とかあるみたいだし」
「行くか」
こういってしまっては不謹慎かもしれないが、展示がかなりハードで精神的に来るものがあったのは否定できない。
気分転換にはちょうどよかった。
広場といっても、公園自体が非常に広いので、全て回らないうちに時間切れとなってしまった。
そこそこに空腹感もあったので、ようやくホテルに向かえるのはラッキーだった。
だがそれと同時に、とうとうこの時が来てしまったか……という、一種の諦観の境地へと至る。
俺は意を決して、バスへと乗り込んだ。
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