第34話 追憶のルフラン

 バスは30分ほどでホテルに着いた。

 フロントで鍵を受け取り、荷物を持ってそれぞれの部屋へと向かう。

 俺のすぐ後を追いかけるのは、今回の修学旅行が陰鬱となった最大の理由その1にしてこの3泊限定のルームメイトである。


「部屋ってどんな感じなのかなー。楽しみ」

「お前は楽しそうでいいよな」

「カイト君は楽しみじゃないの?」


 同室の人間が桜川お前でさえなければな。

 部屋割り自体は、他クラスの人間に話さなければ伝わることは絶対にない。

 そして桜川自身のことも、対外的には単なる「イメチェン」で通っている。

 だがしかし、クラス『内』ではそうもいかない。

 その点を突かれたのだ。

 部屋を別にしてくれと懇願したものの、「男同士だし、人数合わせの都合もあるし」と言われてしまい、取りつく島もなかった。

 しかし、それ以上の理由がもう1つある。




 部屋に入るなり、桜川は荷物と靴を投げ出すと窓側のベッドに転がった。

 ちっ、俺が取ろうと思っていたのに。

 枕を抱いて寝転がりながら、桜川は笑顔を向ける。


「こういうのって、秋休みの時以来だね」


 部屋割りで俺の反対を今と全く同じ笑顔で却下した後、コイツは耳元で全く同じ事をささやいたのだ。

 あの秋休みを思い返すと、恥ずかしさで飛び降り自殺でも図ってみたくなる。

 コイツと部屋で一緒になるたび、嫌でも思い出させられるのだろう。

 何だろうな、この体の奥底から湧きあがる激情のようなものは。


「ああ、今度はお前を床のカーペットと間違えなくて済むな」


 何となくムカついたので刺してみた。

 たまには逆襲というのも良いだろう。


「うるさいっ! カイト君のバカッ!」

「ごふっ!?」


 桜川の投げた枕が、見事に俺の腹部へヒットした。

 思わぬ迎撃によろめきながら、体をベッドの方角へ操縦する。


「今のはちと、キツイぞ」


 息も絶え絶えに抗議するが、桜側は無慈悲に答えた。


「手加減してないんだから、当たり前でしょ。あと、そっちに座って」


 いつの間にか桜川は起き上がっており、ベッドにちょこんと腰掛けていた。

 言われるがまま、さめたような表情の桜川と向き合う。

 ベッド間の幅は、広いようで案外狭かった。


「ねぇ、カイト君」

「な、何用でございましょうか」

「そんな変にかしこまらなくていいから。というかそれ、カイト君のキャラじゃないでしょ」


 たまには俺だって悪ふざけの1つや2つ、してみたくなるものだ。


「まぁ、いいんだけど。それで、さ。その……」

「なにいきなり頬染めてんだよ。乙女かお前は」

「別にそういうのじゃないし! それに乙女の何が悪い! ボクだって恋する乙女になりたいときもあるもん!」

「恋するぅ!? 誰に!?」

「そうじゃなくて!! というか、せっかくまじめな話しようと思ってたのに茶々入れないでよ!!」


 全くもう、と今度は腕を組んで完全なお怒りモードになった桜川である。

 まぁ大体俺のせいだが。


「それで、ね。秋休みの時は、色々と、ありがとう」

「そうか」


 一瞬だけ目を逸らしたくなったのを、何とか抑える。


「いつか、ちゃんとお礼は言わなきゃなぁって思ってたから、さ。それだけ」

「そうか」

「ねぇ、カイト君」

「どうした」

「あのさ、変なこと……言っても良いかな」

「今までも十分散々変だよ」

「そうじゃなくて!」

「んがっ!?」


 今度はすねを蹴られた。しかも結構な威力で。

 素で痛いとかそういうのんきなことを言えるレベルではなく、涙が出そうだ。

 声が、でない。本当に、出せなかった。

 歯を全力で食いしばって痛みに耐える。


「だ、大丈夫?」


 流石にやり過ぎたと思ったのか、心配そうな表情を浮かべる。

 俺はなんとか痛みをやり過ごし、ツッコミを返す。


「か、加害者が言うな……」


 そのまましばらく、ただひたすらに痛覚の刺激が収まるのを待つ。

 痛みもひと段落したところで、改めて。


「何か、最近さ。楽しいんだよね」

「ほう」

「何ていうのかな、いつも、楽しいんだけどね。けど、何だろう」

「whatで思考をループさせるんじゃねぇよ」

「しょうがないでしょ、なんていえばいいか分かんないんだからー! えっとね、こんなこと言うと、少し恥ずかしいんだけど」


 コイツの顔が赤くなるのは何回か見たことがあるが、今回のは観測史上最大の発赤だった。


「カイト君と一緒にいると、もっと、楽しいんだよね。普段の生徒会の仕事とかでも、それ以外でも。だから、今回の修学旅行も、カイト君と同じ班で良かったって思ってるんだ。またカイト君と一緒なんだ、って。部屋まで2人きりなのはちょっとごねた感じもあるけどね」

 

 もじもじしながら言葉を何とか紡ぐ桜川。

 そして照れ隠しのように、えへへと笑う。

 聞き方と解釈次第ではまるで告白のようではないか。

 一体全体、コイツはどうしたんだ。

 まさか。

 いや、そんなことはありえん。あって欲しくない……。


「何か、変だね今の


 コイツがこんな1人称を使うのはいつ以来だったろうか。


「でもあれだよ、別にカイト君が好きってわけじゃないんだよね」

「それはそれで微妙に傷つく言い方だな」

「あぁ、ごめんね。んー、なんていうか、『一緒にいて楽しい仲間』っているでしょう? カイト君とは、そんな感じかな?」

「そうか。なら、光栄なことだな。生徒会長殿」


 俺だってそうだ。

 コイツには何かと振り回されたり何だりと忙しく、ずっと一緒にいると鬱陶しいと思ったりはするが、それでも「楽しい」と思っている自分の内心までは否定できない。

 青春とはそんなものだと、誰かが言っていたような気がする。

 だが今の桜川には、何か別の考えがあるような気がした。

 でなければわざわざこんなことを言ったりはしない。

 桜川は実はそういう性格なのだ……と言われたら、否定はできないかもしれないが。


「さてと、そろそろ飯時だな。バイキングが楽しみだ」

「男の子はそうだよねー」


 苦笑する桜川。

 そんな表情が、不思議なことに可愛いと思えた。

 2人きりという空間と、修学旅行という非日常の影響だろうな。


「うるせぇ、お前も男だろうが」

「でも、みんなの前では『女の子』だよ、私は」

「はいはい」


 いつものように下らない掛け合いをしながら、俺たちはエレベーターホールへと向かった。

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