第30話 未来の花、過去の交差

 大講義室。

 HR用の一般教室がまるまる2つ以上は入るような、とても広い空間。

 席だけでも300人が座れるほどで、それでもまだ空間に余裕があるという大きさである。

 俺たち生徒会役員は、その教室最前方でおよそ500は越えるだろうという数の瞳に見つめられていた。


 ちなみに今日は、土曜日である。

 つまりは通常授業なのだが、今年は開校記念日でもあった。

 要するに、役員だけ休日登校である。

 何故そんなときに制服を着てこんなところにいるのかなんて、聞かないでほしい。

 答えは簡単。

 学校説明会である。

 しかも、受験生向け。

 どこの誰が言い始めたのかは知らないが、「生徒の代表として学校のアピールを受験生に直接するのは効果が高いだろう」という理屈だ。

 おかげさまで、顔はにこにこしている我ら役員といえば、生徒会室で顔を見合わせるなり、


『早く帰りたい!!』


 と、それはそれは見事な唱和を披露した次第である。


「続いて、本校生徒会会長を務めています、高校2年の桜川真さんに登壇して頂きます」


 名前も知らない、恐らくは進路部の教員が桜川に教壇を譲ると、堂々たる面持ちで壇上へ上がる。

 髪がバッサリなくなったおかげで、パンフレットの写真とはだいぶ見た目が異なったが、その背中は全くいつも通りであった。


「皆さん、初めまして。ご紹介にあずかりました、生徒会長の桜川です。今日は、お忙しい中——」


 桜川の演説(?)を聞き流しながら、目立たないよう室内を見渡した。

 受験生の男女比率は半々くらい、ほとんどが親同伴である。

 思えば俺のときも、母親がついて行っていたな。

 ここが(強制呼び出しとはいえ)大事な場であることを忘れ、俺はいつしか回想にふけっていった。




 6年前の、ちょうど今頃だっただろうか。

 琴吹中学校の説明会のことだった。

 当時の生徒会長がどこかつまらなそうに説明をしているのを聞いていると、ふと斜め前の席が目に入った。

 その席に座っていたのは、やたらと髪の長い女子。

 しかも、隣に親も座っていない。

 1人で来るのは別に何度も見かけたことはあるが、女子が……というのはこれが初めてだった。

 随分と変わったヤツもいたもんだ、とその時は思っていた。




 彼女の様子に少し違和感を覚えたのは、そのあとだった。

 説明会の後は、グループに分かれて校舎見学。

 彼女とは机のある島が同じだったので、当然一緒になった。


「皆さんご存知かとは思いますが、本校はかなり広いですので、お手洗いはこちらで行っておいてください」


 教室前の廊下にたむろしていた集団から、俺を含めた何人かが抜けた。

 教室からトイレまでは、やや距離がある。

 知らない廊下を歩く受験生たち。

 目の前には、例の彼女がいた。

 その服装は、体に合わなさそうなパーカーに、黒1色のズボン。

 ボーイッシュといえばそうなのだが、男物すぎる。

 どこかちぐはぐな感じがした。

 その女子は、目的地たるトイレの前で分かれると思いきや、俺が通る予定だったルートをまるでなぞるように男子トイレへ。

 流石に声をかけた。


「おい、女子トイレは隣だぞ」

「えっ!? あ、あっ、そ、そうだよね、うん……」


 何をそんな慌てているのだろう。

 ……まさか、この距離で方向音痴か!?

 トイレに入る直前、彼女が女子トイレ前で逡巡しているのを目の隅にとらえたが、深く考えないことにした。

 その後の校舎見学は何事もなく進み、彼女とはそれ以上話すこともなかった。

 1年後の入学式で、彼女が新入生代表のスピーチを読んでいたことは今でも覚えている。

 その女子が実は男だと知ったのは、さらに4年後のことだった。




 長いようで短い回想が終わった頃、桜川が拍手とともに壇上から降りてきた。

 そしてまた、先ほどの教員が上がる。


「えー、それでは、続いて校舎見学の方を行います。ブロックごとに分けて案内を致しますので、少々お待ちください。なお見学終了後はこちらの教室には戻りませんので、お忘れ物の無いようにお願いします」


 そしてマイクを片付けると生徒会の方へやってきた。


「はい、生徒会の皆さんお疲れ様でした。教室が空になったら、掃除だけ頼める?」

「わかりました」


 返答したのは桜川である。




 その後の面倒な掃除も終わり(教室が広い分、労力がかかる)、ようやく下校。

 本来帰りの寄り道はご法度なのだが、今日ばかりは許されてもいいだろう。

 ということで、駅前のファミレスで打ち上げ……のような何かである。


「今日はみんな、お疲れ様!」

『お疲れさまでした!』


 昼間にもかかわらず、混雑度のやや低い店内。

 心なしか最年長のはずの桜川が1番ハイテンションだ。


「カイト君も、お疲れ様」

「おう」


 周囲があまりに静かなので、グラスは軽く合わせるにとどめる。

 桜川は、中身の炭酸ジュースをこぼしそうな勢いであおった。

 自分で持ってきた手元のストローは何の意味があったのだろうか。

 中身の大半を一息で飲むと、グラスを机に叩きつけ……そうになったところで思い直したのか、コトンと小さな音を立てて置き、はぁと深いため息をついた。


「やっぱ人生、この時のために生きてるようなものだよね」

「その年で人生を語ってんじゃねえよ」

「カイト君だって同い年でしょ」

「突っ込むところはそこかよ」


 俺はまた一口、ジンジャーエールを含む。

 いつもだったらもう少し強めに突っ込んでいたが、今日はもう面倒くさい。

 それにここは、騒いでいいような場所でもない。

 ふと、隣の中学生組を眺める。

 会話をしているのは、いつもの2人朝倉と関口だった。


「朝倉、お前何してんだ」

「えっ?」

「なんでそんな顔ができるんだよ。それ、中身何だよ」

「ジュースに決まってるじゃん」

「どう考えても色々なもん混ぜたろその色」

「だって、ドリンクバーのやつ全部混ぜたりとか、しない?」

「しねえよ! それが許されるのは小学生までだ!」


 俺の耳に、先ほどとは違いベクトルの深いため息が5.1chサラウンドで入ってきた。

 対面で座る菊池と川上も、互いにそっくりな呆れ顔をしている。

 何よりあの漫才を目の前で見させられている三原が、少し可哀想だった。

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