第31話 予知夢

 生徒会は、毎日放課後に集まって何かしているわけではない。

 本当に何もない日にまでわざわざ出向くほど、学生は暇ではないからだ。

 しかし、生徒会室の鍵は毎日朝から開いている。

 桜川が堂々と女子の制服で登校するようになってからも、それは変わらない。


「カイト君、今日は用事があるからこれ預けておくね」

「おう」


 帰りのSHRが終わってすぐ、桜川から鍵を渡される。

 この後は自習室でも使おうと思っていたのだが、生徒会室の方が良いかとみて、目的地を変更する。

 ぎゅう詰めの部屋よりは、ある程度開放感があった方が勉強も捗るというものだ。

 生徒会室を覗いてみると、1人先客がいた。

 英語の教科書を広げ、片手には電子辞書。

 もう傍らには、B5サイズのノートが。


「よう」

「……水谷先輩」


 腕を一切動かさず、首だけを上げたのは川上だった。

 メガネの向こう側に映るその瞳は、いつも何を考えているのか読めたためしがない。


「予習か?」

「ええ。今日の課題はさっき終わりましたので」


 さらっと恐ろしいことを言っていやがる。

 まだ放課後になってからそんなに経っていないぞ……。


「水谷先輩のご用件は?」

「半分はお前と同じだよ、残りの半分はこれだがな」


 右手の鍵をちらりと見せる。


「なるほど」


 川上はそう言うと、また教科書に視線を落とした。

 俺もたまには後輩に倣って、まじめに自習でもしましょうかね。




 生徒会室は、わずかな単音で満たされた。

 ペラリ、という紙をめくる音。

 カリカリ、とペンを走らせる音。

 時折、カチカチとシャーペンをノックする。

 俺と川上は、お互いを意識することなく目の前の課題に向き合い続けた。

 1時間くらい経ったころだろうか、4時半のチャイムが鳴った。


「水谷先輩、少し休憩されては?」

「そうだな。なんか飲むか? といっても、そこのコーヒーだが」


 片隅のコーヒーマシンを親指で示す。


「いえ、私はこれがあるので」


 川上の手元には紫色の水筒が握られていた。


「そうか」


 自販機へ買いに行くのも面倒なので、1杯分だけを淹れる。

 頭を使ったので、今日はミルクと砂糖入りだ。

 教科書を少し片づけ、しばし休憩タイム。

 特に話すようなこともなかったのだが、沈黙を破ったのは川上のほうだった。


「水谷先輩」

「どうした?」

「1つ、つかぬ事をお伺いしたいのですが」

「何だ、それは」


 聞き返すと、川上は一呼吸おいてから質問を切り出す。


「水谷先輩は、桜川先輩と付き合っておられるのですか?」


 つかぬ事どころじゃないだろうが、それ。


「ちげーよ。んなわけねーだろ」

「ここしばらく、特に夏休みの生徒会合宿以降ですが、おふたりの距離感がやや近くなっているような気がしまして」

「そんなことはないと思うがな」

「そうでしょうか」


 川上は続ける。


「秋桜祭の時、おふたりが交際をしているですとか、そんな噂を耳にしましたので。実際、屋台巡りもされていたそうで」

「企画のほうも生徒会もシフト同じだったからな、別にいいだろう? それにその噂はうちのクラスがばら撒いた、ただのガセネタだ」

「そうですか」


 そこで一度口を閉じた川上は、しばらく考え込むような表情を作ると、再び話しはじめた。


「異性との交際については校則の規定はありませんが、最低限の公私の分別はつけていただくようお願いします」

「後輩に言われなくとも分かってるよ」


 付き合ってないけどな。

 おそらく、この先もないだろうが。

 恋愛をするのに男だ女だという声は小さくなっているこの時代だが、アイツは正直その対象に入らん。

 ただの「友達」、その程度でいいと思っている。

 少なくとも、今は。

 男としてはある意味惜しく、女としてもある意味惜しい。

 アイツの言う「自由」が、俺には少しだけ中途半端に思えた。




 何かを察したのか、川上は話題を変えた。


「そういえば、高2の皆さんは来月が修学旅行でしたね」

「ああ」


 受験生向けの説明会をしたのがちょうど先週、11月半ばのことだった。

 その次の週は中学1年に向けた、生徒会選挙の説明会。

 なんだかんだで、年末は近い。

 俺たちもいい加減受験準備で忙しくなるころなのだが、そんな時期にやってくるのが、このイベントだ。

 冬休み前日から、クリスマスを挟んで3泊4日の修学旅行。

 行き先は、沖縄。

 ありきたりと言えばありきたりだが、校長先生によれば、受験への緊張感をほぐし、しっかりと将来を見据え云々ということらしい。

 云々以下については、何を言っていたのか忘れたが。


「冬休み前の全校集会は菊池や川上に丸投げになっちまうが、よろしくな」


 そこまで言って、忘れようとしていたある事を思い出した。

 いや、思い出してしまった。

 そういえば、俺と桜川だけ部屋割りがおかしいんだよな……。

 休憩後の自習は、未来の既定事項から逃避するかのように必死になった。

 

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