第4章‐2 アイル・トライ
第28話 生徒会長の帰還
放課後。
桜川と俺はどちらから言うでもなく、生徒会室へ向かった。
別に今日は何かやることもないのだが、休み明けはどうしてか集まりたくなる。
「ごめんね、撤収日はいなくて」
「それは他の連中に言っとけ」
以前と変わらず、部屋のドアを開ける。
すると、ソースの匂いがした。
「あ?」
「え?」
目の前で、朝倉がたこ焼きを食べていた。
「水紀ちゃん、どうしたの?」
モグモグ。
「食堂は分かるんだけど、なんで?」
モグモグモグモグ。
「先生に呼ばれてたら、お昼食べそこねちゃったと……なるほど」
桜川が手を打つ。
「いや待て、なんでモグモグ食ってるだけで分かるんだよ」
「え?」
なんでそこで訳がわからないみたいな顔ができるんだよ。
そこへ関口も入ってきた。
「お前、何してんの」
モグモグモグ。
「あっそ。とりあえず早く片付けろ。ソースが充満してきつい」
「なんでお前まで分かるんだよ……?」
「クラスメイトはコイツが食ってるときでも言いたいことがわかるんですよ。雰囲気で」
いつの間にうちの学校は超能力者養成機関になったんだ。
「なんていうか、そんな感じなんだよね」
「皆さんすごいですよね、私の言いたいこと分かるなんて」
ようやく食べ終えた張本人も会話に加わる。
「それから朝倉、せめて人が話してるときくらいは食べるのを中断しろ」
「はぁい」
随分と気の抜けた返事だ。
食べて今度は頭に血液が回らなくなってきたらしい。
換気のために窓を全開にしたおかげで、涼しすぎる空気が部屋の中へと入りこむ。
しかしそれでも、生徒会はいつものように仕事をする。
だが、今日は単なる「フリ」に近い。
「まずは、秋桜祭お疲れ様でした。あと、撤収日は来られなくてごめんなさい」
深々と頭を下げる。
本来はこういう生真面目な奴なのだ、桜川真は。
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも最後の学祭で会長1人に仕事を負担させ過ぎてしまいましたし」
菊池のフォローはさすがである。
「それよりも、今月と来月は学校説明会があります。生徒会も受験生や保護者の相手をしなければならないのでは?」
「そういえば、そうだったね……でも、私たちが特別用意しなきゃいけないようなものがあるわけでもないし、そこまで重要度は高くないかな。むしろ問題は1年生に向けた役員選挙の説明会だね」
選挙自体は2月だが、初めての選挙になる中学1年生へ向けて、説明会を毎年行っている。基本的にはこの場にいる7人全員が登壇する予定だ。
「あゆみちゃんは去年のことだから、集会自体は覚えてるでしょ?」
「ええ、少しだけですけど……」
うちの生徒会は会長と、中学高校の副会長が選挙の対象になっている。
あとの役員は定員を満たすまで会長が指名できる仕組みだ。
「そういえば、去年の会長さんはどんな方だったんですか?」
「んー、そうねぇ」
腕組みをしてしばらく考え込むと、俺の方へ向き直る。
「どうだったっけ?」
「俺が知るか、そんなもん」
3月に変な理由で指名されるまで、生徒会のせの字も興味なかったからな。
あと去年いたのが、確か――
「菊池、お前も確か去年もいたよな?」
「ええ、まあ。ただ、会長……当時の高校副会長の方がはっきり覚えていますね。なんというか、個性的でしたし」
じっ、と桜川の顔を見やる。
「な、何ですかカイト君その目は。私は去年も真面目にやってましたよ?」
「おい、目が泳いでるぞ。しかも微妙に」
「そちらはともかく、『質実剛健』な方でしたよ、前会長は。仕事は前もって片付け、何か問題があれば即教員に掛け合う。どうしてそこまでできるのか、不思議でしたね」
「現会長とはえらい違いだな」
「ちょっとカイト君!? 流石にボクも怒るよ!?」
おっと、これは素で怒っているな。そろそろやめよう。
「ボク?」
朝倉が妙なところに引っかかったらしい。
まあ、気になるといえば気になるだろう。
「どうした?」
「なんか、桜川さんが『ぼく』なんていうの珍しいなぁ、って。そういえば、髪も切りましたよね。なんか、カッコいいなって思います!」
「本当に? ありがとう。なんていうか、イメチェンかな。こういうのも良いでしょう?」
「本当は、失恋だったり?」
「なっ……! ち、違うから!! 違うからね!? 彼氏いないし!?」
「じゃあ、彼女さんですか?」
「そっちもない!!」
思わず吹いた。まるで教室にいる時と同じではないか。
「カイト君はさっきから本当に何なの!?」
「わ、悪い、お前面白すぎだよ本当に!」
やばい、腹が痛くなってきた。
とうとう生徒会室で、声を上げて笑う。
「み、水谷さん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
三原と川上がそろって俺を見つめている。
後輩女子2人の冷静な視線のおかげで、なんとか平静を取り戻す。
おかげさまで会長は本気の怒りモードに突入したが。
「カイト君? そろそろおふざけはやめてね?」
「わーったよ」
息をやや深く吸って、言葉を継いだ。
「これからの主な予定は今度の生徒会選挙の説明会だから、それに向けてプレゼン資料とかの準備をするんだろ?」
「まあ、ほっとんど使いまわしだし、生徒会のPCに去年のデータ入ってるからそこまでのことはしないけどね」
そこまで言うと、桜川は時計を見上げた。
「そういえば、後期は下校時間早いからこれで解散でいいかな?」
「そもそもすること無いし、な」
「じゃあ、解散!」
帰りの道中で忘れ物を思い出して教室に戻ると、女子生徒が1人、窓際に腰を下ろして黄昏れていた。
「おい、そこで何してるんだ? 下校時間過ぎるぞ」
「あ、カイト君」
「何だ、お前か」
「何だとはなにさ、ひどいよ」
逆光で顔が分からなかっただけ、がっかり感が大きい。
果たして自分が何にがっかりしたかは、定かではないが。
「ねぇ、カイト君」
「どうした?」
「ちょっと、こっち来て」
手招きされるがまま、桜川の隣に腰掛ける。
「もうちょっと、寄ってくれる?」
「どうした、いいだろコレで。どうした急に」
「いいから、さ……」
ちょんちょんと、右袖をつまんでくる。
「だから、どうしたってんだよ。また何かあったのか?」
「別に、そうじゃないけど。なんて言うか、寂しくなっちゃって」
「なんだそれ。まあ、仕方ないだろう」
多分、学年問わず同じだ。
学祭が終わってしまえば、冬の校外学習まで大きなイベントはない。
それですら、学年単位のイベント。学校単位で何かをすることはなくなる。
しかし高校2年だけは、違う。
来年の学祭は、ない。
たったそれだけの差は、果てしなく大きい。
「カイト君は、どう思うの?」
「俺はもう満足してるし、あとは自分の将来でも考えろってことじゃねえのか」
「そういうところで真面目なんだから」
もうさあ、と呆れられた。
「ボクはさ、ちょっと辛いよ。今まですぐそこに、手の届くところにあった何もかもが遠くなっていく。いつか思い出すことのない、単なる記憶になっちゃうのが」
「そんなもんだ、思い出なんてのは」
きょとん、とした顔を向けられながらも俺は続ける。
「過去なんざ振り返ったって面白くも何ともねえんだからよ、だったら今この瞬間が楽しけりゃそれで良いだろ。お前いつからそんなヘタレになったよ?」
「ばーか。カイト君のばーかばーか」
「小学生かお前は。まあでも、楽しかっただろ?」
桜川はほぼノータイムでうなづいた。
「それならそれで良いじゃねえか。ほら、いい加減帰るぞ」
「うん」
教室の扉を閉めると、まぶしかった夕日が見えなくなった。
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