第25話-2 リブルーミング(後編)

 怒濤の試着タイムを終えて、俺は理性が蒸発する寸前であった。

 はっきり言って地獄だった。

 うかつなことを口走れば、俺に気があると思われるだろうし、何よりも桜川自身をと暗に認めかねない。

 当の本人は「可愛さに性別は関係ないよ」とかなんとかとのたまいそうではあるが、残念ながら世界はそこまで進んではいないのであった。


「それで、どれにするんだ?」

「うーん……カイト君に写真撮ってもらえば良かったかなぁ……自分を客観的に見るっていうか、そんな感じ? 鏡で見ただけとは見栄えが違ったりもするから」


 ファッションのフの字も考えたことのない俺に言われても答えに苦しむだけなんだが。


「カイト君は、どれが良いと思う?」


 ここで俺は何かを諦め、悟りの境地にたどり着く。

 そして自分が2に良いと思うものを選んだ。


「オッケー。ありがとう、お疲れ様」

「本当に疲れたぜ……」

「じゃあご飯にしようか。支払いはよろしくね」

「なんで俺なんだよ!? 服だけってお前が言ったんだろ!?」

「別に『服は1着だけ』としか言ってないけど? 他の話はしてないよ?」

「だったら自分の分は出すなりしろよ!」

「……お財布忘れてきちゃった、てへ♡」

「そんなことしても可愛くねえよ」


 ぶっちゃけ嘘だ。世に言うツンデレとはこういう心理を指すのだろうか。


「ご飯の話はあとでゆっくりしよう。とりあえずお会計よろしくね」

「お前もついてこい。せめて荷物は持て」


 レジで少々恥ずかしい思いはしたものの、買い物ミッションは終了した。




 昼時とはいえ、今日は平日。

 どこもそこまで混んでおらず、席を取ってまた戻るまで10分とかからない。


「今日、なんだけどさ。帰ったら荷物まとめるね」

「ん?」


 一瞬、何の話なのか分からなかった。そして思い出す。

 2泊3日だというのに、こうも長く感じるとは。

 そしてその居候生活がずっと続くとも勝手に思っていた。


「お姉ちゃんが、そろそろ一旦戻ったら、って」

「こっちに来てるのか?」

「うん。この前の話したら、新幹線飛び乗ったって言ってた」


 あれだけ思いの楓さんのことだ、話の途中で荷造りを済ませたに違いないだろう。

「ただ、とは入れ違いになっちゃったみたいだけど」

「そうか」

「でも、味方が1人はいるからいいんじゃないかな? お母さんは……どうなんだろう」


 普通は母親が味方につきそうなものだが。

 それにこうして桜川の逃げ道を作ったのだって母親だ。


「基本的にはこっち寄りの中立なんだけどね……強く出られるとそうもいかないみたい」


 なるほど厳格な父親である。


「それでも2対2なら良いんじゃないのか?」

「お姉ちゃんは口が立つからね、口喧嘩で勝ったことないから」

「さりげない仲良しアピールはいらん」

「そういうカイト君は妹ちゃんとはどうなの?」

「それは今関係ないだろう」

「気になるから」


 話すのも面倒だ。


「妹から勝手に聞けよ」

「ああ、そうすれば良かったね」


 うっすらと寒気がした。




 昼下がりに少しかかり始めた頃、俺たちは家に戻った。

 桜川は荷物の片付けをするということで、俺の部屋を占拠している。

 残念ながら(俺自身は期待も何もしていなかったが)、ラッキースケベ的イベントは発生しなかった。

 むしろ床で雑魚寝状態の桜川が邪魔だったくらいだ。

 いちどは妹の部屋で寝ろよと言ったが、


「ほ、ほら……一応僕も男の子だし……」


 と珍しいことを言い遠慮していた。

 別に男でもお前ならウチの妹は歓迎だぞ、と返しても回答は変わらなかった。

 そんなことがあって2晩ほど寝床を貸していたわけだが、他人の匂いというものはどうも緊張してしまう。

 というよりも、ほとんど女の匂いと区別がつかないせいで、変な錯覚を起こしかけたが……。



 帰る段になって、1人は心細いと言いだしたので、仕方なく送っていく。

 俺の家から桜川家までは、街を二分する川に架かった橋を挟んで徒歩10分ほど。

 ちょうど橋の真ん中あたりで、桜川は足を止めた。


「ねえ、カイト君」


 いつものように振り向いて俺を呼ぶが、その声は少しだけ暗かった。

 この後に起きるであろうことを想像しているのかもしれない。

 雨予報はなかったはずだが、桜川が見上げる空は少し灰色ががっていた。


「何なんだろうね、僕って」


 言葉を変えながらも、何度か聞いたことがあるような気がする。

 はぁ、と俺はため息をついた。


「どうしたの?」


 少しだけ悩みながらも、俺は口を開く。


「……お前、いつだったかこう聞いたよな。自分を男としてみているのか、女としてみているのかって」

「……そういえば、そんなこともあったような」


 夏休みの合宿で、温泉で2人で向かい合って。

 そして桜川が上がる瞬間、俺に耳打ちをした。

 あの時のことは今もはっきりと覚えている。


「もしかして、ボクの裸でも思い出してるの……?」

「んなわけあるか」


 改めて。


「正直、俺でもよく分からんとしか言いようがない。答えを出すには、余りにお前を見ていた時間が長くなり過ぎた」


 ただ、男としての「桜川真」を見たのは、カラオケに行った時と、温泉の時と、学祭の後。

 女としての姿は、日常的に見ているので言うまでもない。そして今この時点でも、だ。

 だがそれだけではない。

 女として振る舞っていても、男の部分が垣間見えることはあるし、逆も成り立つ。

 はっきりと白黒つけられるようなものではなかった。


「けど、『桜川真』っていう人間がここにいるのは、紛れもない真実だ。男だとか女だとか、そんなのは関係ない」


 もっと言ってしまおう。


「別に良いんじゃねえの? 男でも女でも。今どきそんなこと気にする奴は減ってんだし、お前の好きにすればいいだろ。俺はそう思う」

「……そっか」

「どうした?」

「ううん……ははっ、あははははっ!」


 突然笑い出す桜川。


「カイト君すごいよ! ある意味愛の告白だよその台詞!あはははははは!」

「そういうことを言・う・な」


 桜川の頭をグリグリと圧迫する。


「い、痛いって、カイト君ストップ! ごめんね!」


 謝罪の言葉を引き出したところで制裁を止める。


「でも、ありがとう。そうだよね、ボクがやりたいようにやればいいし、生きたいように生きればいい。そう、だよね?」

「ああ」

「男でもあり女でもある、か……なるほどねぇ……」


 何を納得したのかは定かではないが、その表情は前にも増して晴れやかだった。


「カイト君!」

「どうした?」


 俺もつられて、少し口角が上がっているのに気づく。


「送るのはここまで大丈夫だから。ありがとう。それじゃあ、また今度……ね」


 そして桜川は、戦いの舞台……桜川家へと1歩を踏み出した。


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