第24話 追憶

「全部って、どこから? 僕が生まれた頃から?」

「誰がそんな昔話しろっつったよ!!」


 そんなものを聞いていたら日が暮れてまた朝日が昇っちまうだろうが。


「今回の経緯だよ。そこに絡む事柄も、言いたいところまでで良い」

「全部って言った割には、随分な割引セールだね」

「本当に洗いざらいしゃべってもらっても構わないんだが、な?」


 つまらないボケをかましてくれるおかげで、なんだかイライラしてきた。


「そんなこわい顔しないでってば、ゴメンネ?」

「全くお前という奴は」

「でも、ハナシにはマクラが必要でしょ?」

「それは落語のはなしだろうが」

「笑い話というより暗い話だから、少しくらいは明るくしておかないと」

「そういう気遣いはいい」

「いや、僕の精神的な問題なんだけどね? むしろ」


流石にそう言われてしまうと、返す言葉がない。


「そうか」

「カイト君って、以外とバカ真面目だね」

「うるせぇとっとと進めやがれ」

「そうだね。じゃあ、話すよ。知っての通りというか見ての通りで、ウチの父親は本当に嫌な父親でさ。昭和脳というか、もっと頑固なの」


 父親の悪口から始まった、本人口演による桜川真の半生記。

 途中までは夏に聞いたことのおさらいであったが、それでも10年分ほど足りない。


「で、今度は僕が小学生になった頃なんだけどね。男の子用と女の子用の服が半々ずつくらいになったくらいかな。入学式の時から、その……女装してたんだけど」


 桜川自身の口から、自らを「女装」と言ったのはこれが初めてだったような気がする。

 感じるのはその「言葉」の重み。


「男の子に、ちょっかいかけられてね。まあ僕その頃から可愛かったし、幼稚園で慣れてたんだけど」

「自慢話かよ」

「事実をできるだけ正確に述べたまでです、それに話の腰を折らない」

「へいへい」

「それで、向こうのちょっかいの度が過ぎてきたから、かるーくお仕置きというかね? まあそんな感じのことしたんだけど」


 昔の桜川は今では考えられないほど剛胆な性格だったらしい。

 もしかするとその片鱗は、まだ残っているかもしれないが。


「まー当たり前ですけど、家に連絡が行ったわけでして。いやー、ホント昔はヤンチャだったなぁ」

「本当だな」

「それで、帰ってみれば小言が待ってたよね。お察しだとは思うけど、なんて言われたと思う?」


 俺は答えを返せなかった。というより、返すのが怖かった。


「男がそんなふざけた恰好をしているからそうなるんだ、ってね。生まれて初めて聞いたよそんな古くさい台詞。とっくの昔に滅んだと思ってたらまだ我が家で生きてたなんて」


 親子での大喧嘩も、その日が初めてだったという。


「でもそのとき思い知ったよ、あの生き物がどんなに狂っているかって」


 異変が起きたのは、次の日のこと。


「いきなり僕の部屋に入ってきたと思ったら、クローゼットの中身全部ばらまいてさ。残されたのはズボンとシャツが1枚ぽっきり」


 何の気もなしに語る桜川だったが、聞き手の俺は絶句した。


「ご丁寧にお姉ちゃんのまで持ってったんだよ。僕が『間違って』着たりしないように、って。流石に捨てはしなかったけど、クローゼットに鍵なんてかけてたよ」


 嘘だと思いたい。これは桜川のほら話だと。

 しかしそれを語る本人の顔が、全く笑っていなかった。


「それでも、やっぱり好きな恰好したいじゃん。だからお姉ちゃんとお母さんとこっそり買い物とか、絶対に目の届かないところでやってたんだけど、それもダメになって。いつくらいだったかな、髪も切るのをやめて、思いっきり伸ばしてたりもしてたよ。ピークでこのくらいかな」


 そういって、桜川は胸のあたりで腕を水平に当てた。


「あ、ちなみに今日はノーブラだよ」

「なんでそこに話が行くんだ」

「カイト君が胸見てたから」

「髪の話してるときにお前がさしたんだろ」


 というか、普段はつけてたのかよ。


「それでさ、いっそ開き直って徹底抗戦だ! ってなって、いつだったかの新年会で親戚がみんな集まった時に、お姉ちゃんとそろいのドレスで出たんだよ。そうしたら次の日、僕のドレスだけ布切れになって新年会のごみに混じってたね」


 灰かぶり姫シンデレラが悲しみを通り越してガラスの靴を凶器にしそうだ。


「その時は泊まってた叔母さんが逆説教してたけど、家出が始まったのはそれからだよ」

「家出、が?」

「うん。さっき話した親戚の家、ってやつ。叔母さんが引っ越してからは高校卒業したお姉ちゃんが住むようになって、なんやかんやで今に至るわけ」


 そのなんやかんやの部分に核心が秘められている気がしないでもないが、今はそっとしておいた。


「今回も似たり寄ったりの話だったんだけど、もう限界でさ。縁を切るか切らないかのところまで来たんだよね。まあ僕としてはあのおっさんが心変わりするなんて100万回死んでもあり得ないと思ってるけど」

「それがどうして俺まで巻き込まれてるんだ」

「お姉ちゃんが2回目の引っ越しをしたときに、鍵も一緒に持ってちゃってて。ほら、家に置いていたらセキュリティに問題があるし」


「あの」呼ばわりからおっさんと来て、とうとう不審者である。


「お姉ちゃんも可愛い妹が困ってるとはいえ、なかなかこっち来られないからさ。妥協というか折衷案というか仲裁案というか、そんな感じ?」


 やれやれ、と言いたくなるのを俺はぐっとこらえた。


「あと、ごめんね。いきなり押しかけたりして」


 そう言って、桜川は椅子の上に正座をし机に額をこすりつけた。


「僕も、自分のことだからカイト君に迷惑かけるのは筋違いだって、分かってる。でも、今頼れるのはカイト君しかいないんだ」


 桜川がひた隠しにしてきた真実を知っていたのも、俺ひとり。

 俺だけだったからこそ、ここまで隠し通すことが出来た。

 裏を返せば、同じ高さの目線で腹を割って話す事が出来るのも、俺以外にいない。


「今更ここまで巻き込んでおいて、頼るもへったくれもあるかよ」

「えっ?」


 意味が分からない、という様子で顔を上げた桜川。


「お前の言うとおり、これはお前自身の問題だ。最後のケリをつけるのは俺じゃねえ」


 しゃべりながら続きを考えていたが、口が追いついてしまった。

 一旦思考に集中した後、一息入れてしゃべりを再開する。


「でもな、何もかも1人で解決できるなんて事は、ない。お前の背中は俺が蹴り飛ばしてやるから、思い切り突っ走れ。後悔しないように、な」

「うん」


 強くうなづいた桜川の瞳に、強い光が宿ったような、そんな気がした。

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