第23話 夢うつつの秋休み

 翌日、ベッドから起きた俺はいきなり何かにつまずいて転んだ。


「うぉっ!?」

「痛い!?」


 その『何か』は悲鳴を上げてのたうち回っている。


「あ?」


 やや薄い布に覆われた『何か』がうごめく。

 そして小さく顔を出す。


「痛かったんですけど」


 すねた顔の桜川であった。


「ああ、悪い。ついでだからお前も起きろ」

「やだ」

「邪魔だから起きろ」

「じゃあカイト君のベッドで寝る」

「昨日『床で寝る』って言ったのはどこの誰だよ?」

「それは昨日の僕。今日の僕じゃない」

「4次元で物事を言うな」


 もう一度、あえて軽く踏みつける。


「とにかく起きろ」

「分かったよ」


 あからさまな不貞腐れテンションで返事をする、水玉模様をふんだんにあしらった可愛らしさ全開のパジャマに身を包んだ不機嫌顔の居候は、今朝も目のやり場に困る姿であった。




 今日から1週間は秋休み。

 課題があるにはあるが、夏や冬や春と比べて圧倒的に少ないので休みらしい休みができる唯一の季節だったりもする。

 なのに俺は妙なクラスメイト兼生徒会長様を自宅に迎え入れ、あろうことか同じ部屋で寝ているという奇妙な事態に巻き込まれていた。

 色々と聞かれるだろうと覚悟していた俺であったが、意外なことに母親は特に何も聞かずに受け入れてくれたし、妹は妹でコイツが花火大会の時の「彼女」と知った途端、嬉々として構ってモードに突入していた。

 ちなみに妹への口止め料は毎度おなじみ、俺の財布である。



 親も妹も居ない朝食後の席で、桜川が呟いた。


「いいよね、カイト君の家って。何か楽しそう」

「他人の家だからだろ、誰だってそんなもんだ」

「じゃあカイト君は僕の家が楽しいと思う?」


 二言目で早速地雷を踏んだ。しかも仕掛けたのは目の前にいる人間である。


「理不尽だろ、それ」

「別に聞いてるだけじゃん」

「ならまず最初にその般若面をどうにかしろ」

「誰が般若だ」

「鏡で見てみろ」


 ちょうど机の端に鏡が置いてあったので、桜川の手元に寄せる。

 鏡を覗いた瞬間、本人さえも驚嘆していた。


「うわ」


 それから数秒ほどかけて、ようやく人間らしい表情を取り戻す。


「なんか、ごめん」

「まあいいさ」


 これ以来、桜川が家に居る間はこの件に触れないこととした。

 桜川自身がそれを望まない限り、だが。


「それじゃあ、まずは、宿題だね」

「おう」


 朝食の皿たちは他にも洗い物があったので、まるごと食洗機にたたき込んでおく。




 宿題は2人がかりなので半日で終わり、早くも暇をもてあます。


「なあ、外でも行くか」

「それはダメ。ゲームやろうよ」

「勝手に転がり込んできて、図々しいなこの野郎」

「だって出かける用の服とか、全部置いてきたんだもん。多分、もうないよ」


 桜川がそうやって暗い顔をするのも、これで何度目だろう。

 しかし今回に限って言えば、何かに怒っているというわけでもなさそうだった。

 泣き顔を見せるのをこらえているかのような、そんな表情を浮かべていた。


「もうないって、どういうことだ」

「その通りの意味だよ。持ってこようとしたんだけど、ね」


 先の話は何となく察しはついたので、こちらから聞くことはあえてしない。


「色々あって、持ってこられなかったんだ」

「その割に、荷物の方は用意周到だったな」

「元々用意だけはずっとしてあったんだ、いつでも出て行けるように」

「いつでもって、一体どこ行くんだ」

「近くの空き家。前はお姉ちゃんもそこに住んでたから、そっち行ってたんだけど」

「お前の家、割と金あるなぁ」


 こんな場面で不謹慎かもしれないが、思わずため息が出そうになる。


「親戚の家を引き取ったの。それだけ」

「それでも一軒家だろ? よく1人で住めるな」

「何はともあれ、しばらく家出先が無くなってたんだけどね。お母さんが『カイト君の家に行けば、しばらく泊めてくれるから』って」

「はあ?」


 意味が分からん。


「保護者会で仲良くなったんだって」

「そういうリアリティのありすぎる話は聞きたくも無かったな」


 まあ人付き合いとしては全くもって正しいのだが。

 というより、荷物の常備があるほど家出をするとは、一体どんな家庭環境なのか。


「そういえば、明里ちゃんの服無いの? もう着ないやつとか」


 答える代わりに、たまたま置きっ放しだった問題集で桜川の後頭部を叩いた。


「何するの!! 暴力反対!!」

「お前は自分が何を言おうとしているか少しは考えろ」

「別に服借りるだけじゃん」

「本人が居ないだろ」

「分かったよ」


 そう言ってズボンのポケットから携帯を取り出し、どこかに電話。


「もしもし、明里ちゃん? ちょっと買い物行くんだけど、服借りてもいいかな? うん、いいよ。ありがとう」


 通話時間、約10秒。

 思わず言葉を失い、天井を仰ぎ見た。


「着替えてくるね」

「おい、1つ聞かせろ」

「何?」

「妹の要求は何だったんだ」

「言わないで、だって」


 返事にならない返事をして、桜川は席を立つ。

 5分後、妹の服に着替えて戻ってきた。


「お前、よくそれが入ったな」

「いやー助かった助かった」


 いつもの長髪ウィッグはないので、中性的に見える。それでも男とは全く思えないのだが。


「やっぱこっちの方が気楽でいいな-。なんか落ち着く」


 持ってきた服を横目に、さっき以上にくつろいでいやがる。このまま居座る気じゃないだろうな。


「なあ、今回は何で家出てきたんだ。まぁ何となくは分かるが、一切合切話さないじゃ筋が通らねえと思うぞ」

「そうだね。もう少ししたら話そうかと思ってたけど、ちょうどいいしカイト君が相手だし、いいよ。それで、どこから?」


「全部だ」

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