第19話 秋桜祭Ⅵ

 教室に帰ると、先ほどのテーマパーク女子こと宮野が未だに声を上げ続けていた。


「ねぇ、佳織かおりってば仕事し過ぎじゃない? 昨日もずっとあんな調子だったよ? 大丈夫なの?」

「本人の好きにさせておけよ。倒れない限りは」

「それもそうだけど……。やっぱり休憩はしなきゃダメだよ、腹が減っては戦はできぬって言うし」


 桜川は俺を置いて、入口にいた彼女の元へ。

 俺も少し遅れてついていく。


「しばらく私達が代わりに外やるから、佳織は休んで来なよ」

「まあ確かに、そろそろ休みたかったから良いんだけどね。ただちょっとばかし不安なのよ」

「いいからいいから、カイト君もいるし」

「問題はそこじゃないの。大丈夫、本当に?」

「大丈夫だ、さっさと休み取ってこい。コイツはここまで言ったらてこでも動かないぞ」

「それもそうね。分かったけど、1つだけいい?」

「何が?」


 尋ねたのは桜川。


「まこぴー、ちょっと来てよ」

「うん、いいけど」


 そう言って女子2人が教室へ引っ込む。

 数分後、桜川が着替えた状態で出てきた。


「1着まこぴー用の衣装があったから、これ着て外はやってもらうけど。水谷くん、いいよね?」

「お、おう」

「あとついでにさ、まこぴーが裾踏んづけてコケないように注意しててよ」


 それは俺が気をつけるべきことではないと思われるのだが。


「そんな過保護な……ひゃっ!?」


 言っているそばから転んだ。ギャグかよお前。


「だからそれ生地がやわいの、気をつけてって練習のときから言ってるのに! ゆっくり立ち上がりなさいよ、ゆっくりね」

「う、うん……」


 スカートの裾を少しだけ持ち上げ、慎重に立ち上がる。

 その様子を、俺は棒立ちで見ていた。


「カイト君、どうしたの?」


 桜川の下から目線が、妙に色っぽく思えるのは錯覚か学祭というシチュエーションによる補正だろうな。


「いや、なんでもない。俺は助けられないから、気をつけろよ」

「う、うん」

「あっ、そうだ。水谷くん、ちょっと」

「何だよ」


 すると彼女は耳打ちをしてきた。


「まこぴーってさ、胸ないのね」


 吹いた。ただ吹いた。


「何を口走ってんだお前なぁ!?」

「カイト君、どうしたのー?」

「なんでもねぇ! 仕事やってろ!」


 背中から聞こえる声の主はとりあえず追い返しておく。


「ブラ着けてるのかね、あれは」

「知るか! そんなことを男子高校生の前で言うんじゃねぇ!」

「あ、興奮した?」

「だ・ま・れ」


 頭大丈夫か、こいつ。


「とにかく、しばらくよろしくねん」


 そして回れ右をし、

 半ば呆然としながら、そのうしろ姿を見送った。


「カイト君」


 気が付けば、桜川が隣にいた。


「お客さんの誘導、やって。私は後ろのほう行くから」

「あ、ああ……」


 急いで脳のスイッチを切り替え、持ち場に向かった。




代わると言っても1時間と少し。

だが回を追うごとに客が増えるので、体感はその3倍はあった。

桜川の出番が近づいてきた頃、ようやく元の担当と交代になった。


「2人とも、お疲れちゃん」

「佳織、後はよろしくね」

「まこぴー、頑張ってね。水谷くんは?」

「またお前を手伝うよ」

「そう。最後までこき使うから、よろしく」

「おう」


 拳をぶつけ合う。

 そこへ、もう1人女子がやってきた。例のごとくというか何というか、舞台監督の松波だった。


「あーいたいた、3人ともちょっち来て」

「どうした?」

「最後だから、円陣組もうって」

「そうか」


 教室に入ると、舞台の中央にキャスト陣と裏方のメンバー全員が集まっていた。


「はい、集合」


 その一言だけで、腕を組む。

 桜川は右隣だった。

 松波が言う。


「おう、でよろしくね」


 深呼吸をすると、彼女は叫んだ。


「最後まで、突っ走るわよ!!」

『おうっ!!』


 円陣を解くと、早速俺は呼ばれた。


「水谷くん、それからちーちゃんも! 行くよ!」

「あいよ」

「はーい」


 ちーちゃんと呼ばれた小柄な女子も加わり、3人で教室を出る。

 外の列は、果たして入りきるだろうか。


「ちーちゃんは真ん中、水谷くんは最後尾でフォローしてね」


 言われなくとも、もう体は動いている。

 最後尾に到達すると同時に、声が聞こえた。


「大変長らくお待たせいたしました、ただいまより最終公演のご案内を開始いたします! 前の方に続いて、ゆっくりとお進みください!」




 最後の公演が始まり、宮野は看板裏に隠していたチョークを持ち出すと、タイムスケジュールの一番下、2日目最終公演の部分に横線を2本引いた。


「これで、全部終わりなんだね」

「ああ、そうだな」

「……」


 もう1人の担当、雨宮は既に泣き顔になっていた。


「ああもうちーちゃん、泣くのはも少し我慢だよ」

「うん、で、でもやっぱり、終わっちゃうのはやだよぉ……」

「ほれほれ」


 それ以上何も言わず、宮野は彼女を抱き締めた。

 唐突に咲いた百合の花を見て、俺は立ち尽くしていた。

 空気を壊すつもりではないが、恐る恐る口を開く。


「なあ、2人とも」

「どうしたの?」


 答えたのは宮野。


「こっちはもうすることないし、中を覗いてみないか? 最後に見ておきたいだろ」

「てことは、あんたも?」

「おう」


 ただ純粋に桜川の姿を見たい。桜川の歌を聞きたい。

 俺の中にあるのはたったそれだけだった。


「じゃあ、行きますか。ちーちゃんもいいよね?」


 宮野の胸に顔をうずめている雨宮は、声も出せないのかただ頷くだけだった。

 そして、静かに入り口を開けた。

 感想は俺の胸に留めておこう、と思いながら。




 最後の曲が終わり、1番前にいた桜川が頭を下げると、それに合わせて他のキャストも頭を下げた。

 照明担当が教室の電気をつける。 

 鳴りやまない拍手。

 沸き立つ客席。

 キャストは一旦裏に引き、そしてカーテンコール。

 桜川が、こちらに向かって手招きをしている。

 全員出てこい、ということなのだろう。

 機材担当のメンバーも全員手に持っていたものを置き、舞台へ。

 廊下で客あしらいをしていた宮野と雨宮、舞台監督の後ろに俺も続いた。

 客席を眺める。

 まさかのスタンディングオベーション。

 桜川が右手を上げ、その合図で深々と頭を下げる。

 兎にも角にも、やり終えた。

 すべてが今、終わった。

 宮野が声を上げる。


「お忘れ物落とし物等なさいませんようご確認のうえ、後方お近くのドアよりご退出をお願いしまーす! 本日はご来場ありがとうございましたー!」


 その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 彼女だけではない。

 ほとんどのクラスメートがそうだった。もちろん、桜川も。

 それでも皆、笑顔でハイタッチをしていた。


「カイト君」


 桜川が、カーテンコールの時にもらっていた大きな花束を抱えて、俺に手を差し出してきた。


「おつかれさま」

「おう」


 右手を繋ぐ。

 俺の目に映るのは、満足げな笑顔だった。




 その後は親も入り混じっていたせいか、教室がかなり混雑していた。

 客席でカメラを構えていた担任はどこかへ行っていた。

 やはりというか何というか、桜川の周囲が一番の人だかりだった。

 すると、1人の男性が桜川に近づいてきて、声をかけた。


「真」


 次の瞬間に起こることを、俺は予測できなかった。

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