第18話 秋桜祭Ⅴ

 桜川の父親が学祭に来る。

 そのたった1つの事実は、桜川に暗い影を落としていた。

 様子を見かねて、そっと声をかけた。


「1つだけ、聞いていいか」

「なに?」

「昼はどうする予定だ?」

「え?」


 余りに虚を突きすぎたせいか、口を半開きにしている。


「腹減ったんだよ、さっきまで立ちんぼだったからな」

「そんなこと言ったら私だって……」

「とりあえず、飯にしようぜ。腹が減ってはなんとやらって言うだろ」

「でも、いま食欲なんてない……」

「空腹なんざ感じなくても、食べ物の匂いを嗅げば腹の虫は鳴る。そのぐらい人間の感覚はいい加減なんだよ。お前は何食べたい?」


 こういう時は矢継ぎ早に言葉を浴びせて、ネガティブな思考を出来ないように逃げ道を塞いでおくのが重要だ。

 時にマインドコントロールだの洗脳だのと言われる手法でもあるが。


「うーん……行ってないところだと屋台、かな」

「じゃあ決まりだ、とっとと行くぞ」

「ちょっと待って、まだ行くなんて……!」


 昨日の仕返しだ、ひきずってでも連れ回してやる。




 秋桜祭の屋台は、基本的に調理室で作ったものを運んできて売る方式だ。

 そのためか、外に出てもあまり食べ物を焼いたりするような音はしない。そして当然のことながら、匂いはそこら中から漂っている。


「あー、いい匂いがする……」

「桜川」

「何?」

「1つだけなら……」

「本当に!? ありがとうカイト君大好き!!」

「まだ何も言ってねえよ!!」


 そしてお前に大好きとか言われるとちょっと緊張するからやめてくれよ!!


「落ち着け、そして人の話を聞けアホ女」

「えっ、女の子って……僕男子だよ……?」

「うっかり口を滑らせた俺が悪かったからとりあえず人の話を聞いてくれ」


 こいつの性別に関して議論を始めてしまうと今日という大事な日が無駄になるのでしない。


「とにかくだ、1つだけなら好きなものをおごってやるよ」


 隣を見れば、既に屋台の物色を始めていやがった。

 まあ、目的は果たせたことだからいいだろう。これくらいは必要経費だ。


「どうしようかなー。ねえ、カイト君はどうするの?」

「あっ……」


 何も考えてなかった。


「お前と同じもんでいい、いまから考えるのも面倒だ」

「そう……じゃあ、あれ」


 桜川が差したのは、たこ焼き。

 ただし、普通の屋台ではない。

 看板には真っ赤な文字で「激辛ロシアンルーレット」とあった。


「あれかよ……」


 戦慄する俺とは対照的に、いたずらをしようとする子供のような顔の桜川。


「いいからいいから、約束はちゃんと守ってよ?」

「分かってるっての」


 店番をしていた男子生徒に金を渡すと、彼は「すごく辛いんで気をつけて下さいね」という、今更感のある忠告と共にたこ焼きを作り始めた。




「へいお待ち」


 たこ焼き2隻を抱えつつ、屋内へ戻る。


「先に水だけ買っておこうぜ」

「そうだね、ちょうど私も思ってた」


 昇降口から食堂までは徒歩30秒。

 食堂隅の自販機で飲み物を買い、空いていた席に座る。

 互いの手元には1隻分のたこ焼きが6個ずつ。

 この6個中1個が「アタリ」らしい。


「じゃあ、行くよ」

「おう」


 互いにランダムでつまようじを刺し、相手に食べさせる。

 それが「たこ焼きロシアンルーレット」のルールだ。


「せーの」


 同時に相手の口へとたこ焼きを差し出す。

 そして。


「なっ……!?」


 舌を走る電撃。

 俺の脳はたった1つの情報に上書きされ、容量を片っ端から食っていく。

 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛


「だ、大丈夫!?」


 慌てて水を飲み込み冷却を開始する。

 小麦粉製の魔弾、もとい暗殺者が俺の胃へと押し込まれたころ、脳機能が回復した。

 しかし舌は未だにしびれている。


「あ、ありゃ学祭で出していいような代物じゃねえぞ……誰だよ許可出したやつ」

「その台詞、昨日も聞いたよ」


 悪いが今は昨日の事を思い出してる場合じゃねえんだ、というか思い出せねえ。


「つ、次行くぞ」

「ホントに大丈夫?」

「ああ……次はお前の番、だ」


 奇妙なことに、2回目も犠牲者は俺だった。

 ここで俺は気づく。


「確かこれって1隻につき1個のはずだよな」

「うん、そう聞いてるしパンフレットも同じだよ」


 桜川が示した冊子には、しっかりと注意書きがある。


「ねぇ、カイト君」

「なんだ」

「もしかして、これ全部……?」


 互いがそれに気づいた瞬間、俺はある提案をした。


「お前も1個食え」

「やだやだやだやだ!! 絶対やだ!!」

「いいから四の五の言わずに食え!!」


 腕を伸ばし、無理矢理食わせる。

 すると桜川が悶絶し始めた。

 なんとなく予想が出来ていたので、さっと飲み物を渡す。


「何これ辛い!! 超辛いんですけど!!」

「そりゃそうだろ」


 探偵でも何でもないが、ここまで来ればあとは簡単だ。


「残りのやつ、中開けてみろ」

「うん」


 テーブルに備え付けの割り箸で残りのたこ焼きを全て解体すると、中から赤いソース状のものが出てきた。


「やっぱりな」

「どういうこと?」

「あの店番がやったんだよ。動機は怨恨だな」

「なんで?」

「俺たち、どう見ても男女だろ」

「そうだね」

「んでもって、学祭でイチャコラしてると思ったから、お前に渡した分は全部激辛にしたんだろうさ」

「なんで私……あっ」

「そういうことだ」


 2人そろってたこ焼きロシアンルーレットと言うことは、互いに食べさせる以外に普通はありえない。

 だからこそ、桜川に渡した分は全部アタリという理屈だ。


「それによ、たこ焼き器が2つあっただろ」

「うん」

「作ってる側がわかりやすいように、片方でアタリだけ作ってるんだよ。で、いつも出すときはそれがバレないように、客に出す分を予めストックしてる。なのに俺たちの時だけ手作りだったのはそういうことだ」

「どうして分かるの?」

「皿のストック置いてたテーブルが、店番の後ろにあっただろ? 作りたてを出すなら、盛り付けしやすいように手元か鉄板の近くにいくつか置いておくもんだ」

「なるほどね。でもさ、細工はどうしたの? 私達が目の前で見てたのに、どうやって激辛ソースを仕込んだの?」


その疑問には、魔弾を指して答える。


「よーくそいつの断面を見てみろ」

「うん……? あれ、タコは?」

「それだよ」

「え?」

「アタリの方はタコ自体が仕込みで、要は形だけ見せかけてんだよ。多分熱で溶けるタイプの、な」



 探偵ごっこはここまで。後はこの魔弾の残骸をどう片付けるかだ。


「諦めて食うぞ」

「うん」


 残骸ひとかけにつき普通のたこ焼き1個でなんとか威力を和らげつつ、互いの胃袋に収めた。

「それで、どうしようか」

「そうだな……幸い俺たちは生徒会だ、権力ならある」


 残すはたこ焼き屋への報復である。

 このお礼は絶対に果たさなければならない、そう誓った。




 これは後日耳にした話だが、例のたこ焼きは2日とも売り切れだったのにも関わらず、赤字だったらしい。

 もちろん生徒会が売上金を巻き上げたわけではない。そんなみみっちい事はしない組織だからだ。

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