第17話 秋桜祭Ⅳ

 秋桜祭、2日目。

 朝イチで生徒会室に来てみれば、後輩たちが既に揃い、しかも「今日は仕事を全部肩代わりするから自由にしていい」などと珍しく殊勝なことを言い出したので、桜川は渡りに船とばかりにその話に飛びついていた。


「おい、菊池」

「なんでしょう」

「何を企んでるんだ、言え」

「企みも何もありませんよ。おふたりはもうこれで最後ですし、仕事のことは忘れて楽しんでいただければそれで充分です」


 メガネの奥に見える瞳は、いつも通りのまっすぐな目だった。

 これ以上詮索しても何も出ない、と判断した俺は桜川とその場を後にした。




「いやー、いい後輩を持ったねぇ」

「その『いい後輩』が変な企みしてなきゃいいけどな」

「まあいいじゃない、サプライズなら大歓迎」


 俺たちのホームルーム教室は3階、生徒会室は2階。

 通り道の階段にも、各企画の宣伝ポスターが貼られている。

 その1つ1つを見ながら、段を上がっていく。


「あ、あったよ。うちのクラスのやつ」

「おお、これか」


 確かにクラスは2年3組と書かれているし、企画名も合っていた。


「そういえば、昨日はどうだったんだ?」

「大入り満員!」


 自慢げにサムズアップをする。


「カイト君今日はどうするの? こっち手伝うの?」

「流石にステージには出られないがな」


 裏方くらいなら務まるだろうが。


「アイツらも言ってた通り、これで最後だからな。お前も後悔しないようにやっておけよ」

「私はもう、最後までやりきったら満足だから」

「そうか」


 教室に着くと、桜川はいつにもまして堂々と扉を開けた。




「3組ミュージカル、次回は10時30分からショースタート予定でーす」


 桜川が朝から自分の歌を観客に披露している一方。

 俺は舞浜のテーマパークで働いているスタッフのような言い回しで呼び込みをする女子と一緒に、外で客の整理を言い渡されていた。


「次回公演をお待ちの方はこちらにお並び下さーい」


 廊下に客が散らばっていると邪魔以外の何物でもないので、せっせと教室の壁に沿って並ばせる。

 気がつけば、列の最後尾が教室よりも長くなっていた。


「水谷くん、そろそろだから」


 腕時計を見れば、ちょうどショーが終わるタイミングだった。

 それぞれで扉の前に立ち、開いたと同時に教室へ入る。

 もちろん、動線確保のためにあらかじめ待ち列は一部切り離してある。


「ご来場ありがとうございましたー!」

「お忘れ物などなさいませんよう十分お確かめの上、お近くの扉からご退出下さーい」


 手の空いたキャスト陣も客出しを手伝ってくれるので、毎回スムーズに入れ替えが出来ている。

 客がはけた頃合いを見計らって、一旦扉を閉める。

 清掃作業は見られないようにして、かつ迅速に行うのがベストらしい。

 椅子や演出に使った小道具も整え、床を掃く。

 最後に総点検をし、次に備える。


「水谷くんは後ろのフォローよろしくね」

「了解」


 昨日の巡回で一瞬見かけているが、彼女の客あしらいはほとんどプロの手際である。

 しかし例のテーマパークを含めてバイト経験はないという。

 まさか見て覚えたなんて言わねえだろうな……。いや、十分ありえるか。




「お待たせいたしました、ただいまより入場のご案内を開始いたします……」


 いつの間にか、列の最後尾が更に後ろへと伸びていた。

 先頭で大きな声を上げているはずなのに、それが途切れ途切れに聞こえる。

 客の動きを見つつ、廊下が混雑しないように誘導する。


「3組ミュージカル、お待ちの方の最後尾はこちらになりまーす」


 とりあえず、例の女子が言っていたのと同じ台詞を使う。

 曰く時折こうやって声を上げているだけで十分効果があるという。

 すると早速、廊下でたむろしていた数人が列に並んだ。

 列が進んでいっても、ばらける様子はない。

 ちなみに先頭の彼女は、最後の客が入るまで客席の案内をしているらしい。

 しばらく待っていると、入り口から戻ってきた。


「次でメンバー入れ替えだから、そのタイミングで休憩してきて」


 メンバーというのは、要はキャストだ。

 流石に2日間ぶっ通しなんて高校生では無理な芸当なので、2つチームを作って公演時間でシフトを分割している。

 今は桜川の入っているチームが公演中、というわけだ。


「お前はいいのか」

「なんかねぇ、仕事してないと嫌なの」


 なんだそりゃ。


「本当はね、まこぴーみたいに舞台に立ってみたいんだけど、みんなこっちの仕事は下手くそじゃん」

「お前のレベルがおかしいんだよ」

「そう、そこなの!」


 言いたいことはなんとなく分かった、だが指で人をさすな。


「結局さ、1番できるのがあたしなわけ。水谷くんも含めて手伝いしてくれるっていうのはありがたいんだけど、みんなどうすればいいどうすればいいってお伺い立ててくる始末だし」


 なかなかにナルシストな発言だが、否定できないので黙っておいた。


「だったら、ここはあたしの独壇場にしちゃえばいいじゃんって思ったの」


 すると彼女は、外に立てていた看板の裏へ回った。

 手に持っていたのは、スポーツドリンク。


「そうしたらいつのまにかこの通り、ってわけ」


 その快活な笑顔に、陰りはなかった。




 キャストの入れ替えがあるので、次の回まではしばらく時間を置いている。

 俺は1人客席を陣取って、桜川が着替えるのを待ちつつ物思いにふけっていた。

 この5年間、いろいろなことがあった。主にここ約半年だが。

 いきなり新生徒会長から役員に指名されたり、その生徒会長が実は男子だったり。

 その後は色々と振り回されたような、そんな感じだった。


「どうしたの、カイト君?」


 いつの間にか着替えを終えていた桜川が、舞台裏から顔を見せた。


「いや、なんでもねぇよ。それより、この後どうするんだお前の方は」

「うん……それが、さ」

「どうした?」


 桜川は少し困ったような、うつむき加減で答えた。


「お父さんが、学祭見に来るって……」

「え?」


 夏合宿で楓さんから少しだけだが話は聞いている。

 流石に雰囲気をぶち壊しにするような真似はしないと思うが、桜川の様子を見る限りでは可能性は低くないようだ。


「どうしよう……もしクラスの方に来ちゃったら……」


 何を言われるかはもう察しがついた。

 会ったことはないが、もうこの時点で俺の嫌いな人間フォルダに振り分けられている。


「何時くらいに来るとか、言ってたか」

「午後にちょっとだけだって、それだけ」


 午後は最後の1回が桜川の出番。

 その時に来ないことを全力で祈るしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る