第16話 秋桜祭Ⅲ

「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」


 やや棒読み気味に台詞を発するメイド(男)と、のっけから全力で楽しんでいる桜川。

 正直この空気感について行けない。そもそもメイド喫茶の設定のようなものはふんわりとしか知らない。

 例えば、客のことは男なら「ご主人様」、女なら「お嬢様」と呼ぶとか。


(カイト君、緊張してるでしょ。背筋伸びてるよ)

(入って早々なんだが、正直言ってもう帰りたいぞ……)

(まあ、大丈夫だよ)

(何がだよ)


 内装は外の装飾との統一感を図っているのか、看板と同じピンクのペーパーフラワーをふんだんに使っている。

 テーブルは流石に教室の備品をそのまま使っているが、白いクロスを使って高級感を演出し、イスに至ってはご丁寧に1席ずつクッションまで作っていた。


「こちらのお席になります」


 あの座り心地の悪いイスがクッション1つでここまで変わるのか、という事実を五感で観じる。


「本日のメニューになります、お決まりになりましたらお呼びくださいませ」


 メニュー表はラミネート加工されたプリントが1枚。

 文字は手書き風のフォントで、小道具でも雰囲気作りに余念がない。


「なかなか本格的だね」

「何がここまでやらせるんだ、全く」

「学祭だからでしょ、遊びじゃないんだよ」

「学祭は生徒の遊びだろう、普通」


 このやりとりだけで既にある意味納得した。


『学祭は遊びじゃない』


 どう考えても青春が燃え上がり過ぎて敷地の外まで延焼しているような気しかしないが、しかしここまで本気で熱くなれるからこそ、俺たち高校生のレベルであってもクオリティーの高いものが完成するのだろう。


「それで、どうしようかな……」


 顔を寄せ合ってメニューを見る。

 桜川の、恐らくは髪から漂う柑橘系の香り。

 もう慣れたはずなのに、いつも俺の身体は刺激される。

 具体的には脈が一瞬おかしくなったり、体温が上がって汗が出たりだ。

 俺は気づかれないようにそっと距離をとった。


「どうしたの?」


 そして振り向かれ目が合えば、360度どこからどう見ても美少女にしか見えないルックス。

 俺の脳内で理性天使本能悪魔がささやき合うのを体感しているようだった。


「あ、いや、なんでもない……」


 すると何を思ったのか、手招きをしてきた。


「ちょっと」

「どうした」

「耳貸して」


 今も俺の脳を錯乱させる桜川のやや甘い香りの吐息が、耳をくすぐった。


(学祭終わったら、これ外そうかなっと思って)

(何を?)


 肩に垂れている黒髪に軽く触れる。


(地毛もいい感じに伸びてきたし、イメチェンっていうか、まあそんな感じ?)

(なんだって今言うんだよ)

(いいじゃん別にいつ言っても。今思ったから言ったの)


 そこで前屈みの状態から姿勢を戻すと、視線を手元のメニューへ移した。


「それより、どうしようか」


 書かれている料理名は、口に出すのも恥ずかしさを覚えるようなものばかりだった。

 桜川が悩んでいたので注文するまで更に5分ほどかかった。




「お待たせしました、『ふわふわウサギのイチゴショートケーキ』と、『泉に舞い降りた天使のラザニア』になります」


 ラザニアは俺の注文だが、メニュー名を言うのも聞くのも正直恥ずかしい。

 こんなメイド喫茶らしい(というのは桜川の弁だ)ネーミングを考え出した奴を生徒会室に呼び出してやりたい気分だ。


「いただきまーす」


 さっそくショートケーキにフォークを入れている桜川。

 名前はかなりメルヘンチックではあるが、料理自体はこれといった何かしらの変哲もない、ごくごく普通のショートケーキとラザニアだった。


「これ、パウンドケーキから焼いてるんだね」

「分かるのか」

「うん、なんかちょっと焦げてるところあったから」


 ここにいるメイドの誰かが耳にしたら、絶対泣くぞ……。


「でもさ、これを手作りできるって相当ハイスペックな子がいるってことだよ? それだけでもう何かすごくない?」

「まあ、そうだな」


 もう何度目のツッコミだか忘れたが、この学校は学祭となるとタガが外れるのだ。

 確かにすごいと言えばすごいが、ある意味いても何もおかしいことはない。


「そっちのラザニアは?」

「ああ、普通に美味い」

「なんかもうちょっと褒め方あるでしょ」

「美味い以外に思いつかねえんだよ」


 男子高校生は弁当だけで食欲を満たせるような生き物ではないので、本音としてはそこそこがっつりしたものを食べたかった。

 だがそれはそれである。味も本気で作っているのがよく分かる美味だった。


「ねえ、一口ちょうだい」

「え?」


 女子がそんなことやっていいのか?

 あ、でも男子だから……いやどっちでも良くはないだろう。


「やっぱりダメ?」

「あー……一口だけな」


 まだ手をつけていない部分から一部を四角く切り出し、桜川の皿に乗せる。


「はいよ」

「ありがと」


 それはすぐに桜川の口の中へと収まった。


「そろそろ、次行かないと。時間なくなっちゃうからね」


 時計を見れば、回れたとしてもあと1か所か2か所といったところだった。


「で、どこ行くんだ?」

「どうしようかな……外は明日でいいし、部活も巡回で行くもんね……」


 結局悩んだ末に、校内周遊の旅となった。




「ねぇ、カイト君」


 桜川がシャツの袖を引っ張る。


「どうした、何か面白いものでもあったか?」

「ほら、いたよ」

「何が?」


 桜川が見つけたボードの写真は、さっきの女装メイドだった。

 撮られるのが本当に嫌だったのか、目をはっきりと写真の左上にそらしている。


「こうやって恥ずかしがってるの、たまんないかも」

「お前、こう言うのが好きなのか」

「なんていうか、愛玩動物みたいな感じかな? ほら、男の娘おとこのこは愛でるものって言うでしょう?」

「少なくとも聞いたことがないな、俺は……」


 そしておそらく、俺の知っている漢字と微妙に違う「おとこのこ」の発音だったように聞こえた。

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