第12話 前夜祭2

 集会のあと、桜川はあの法被を着たまま羞恥半分、興奮半分のとても不思議なテンションで生徒会室に戻ってきた。


「毎年恒例とはいえ、あんなことするの恥ずかしいよ……でももう学祭なんだよねぇ……」

「浮かれてにやつくのか恥ずかしがるのか、はっきりしやがれ」

「両方なんだってば」


 そう言いながらパイプ椅子に座って貧乏ゆすりをしつつ、学祭本番で使う機材のチェックを始めた。


「予備の電池っていくつある?」

「あと3パックあります」

「無線機用の延長コードは?」

「他の設営に使ってて、予備もないです」

「あるでしょ古いやつが」

「もう断線してるからって、去年捨てたじゃないですか」

「あー、そうだっけ……」


 三原の返答に頭を抱える桜川。


「じゃあ、水紀ちゃんたちで買ってきて。毎年使ってる電気屋が駅前にあるでしょ」

「了解しました」

「なんで関口君が答えてるの!?」

「『たち』って言われたろうが。俺はお前のお守りだよ」

「何で!?」

「お前がまた道に迷ったり、違うもの買ったりしないか見張らせるためだ」


 終わる気配のない言い争いを俺の一声で片付けさせると、生徒会の予算を持たせた。


「買い物は自分がやりますのでご心配なく」

「そうか。ならさっさと行ってこい」

「了解!」


 関口は敬礼をして外へ向かう。

 それを朝倉が追うのを見届けると、携帯にメッセージが届いた。

 その内容を確認すると、桜川に声をかけた。


「そろそろクラス企画の方手伝いに行くぞ。お前の衣装合わせもしたいとさ」

「オッケー。しばらくいなくなるけど、よろしくね」

「先輩方、これを」


 川上から渡されたのは2台の無線機。


「無線の設営は終えたので、テストということで連絡用に持っておいてください」

「おう」

「いいよ」


 スイッチを入れ、イヤホンを耳に挿す。


「後は頼むね。菊池くん、しばらくの間よろしく」

「了解致しました」


 菊池も敬礼でそれに応え、桜川が返礼した。




 ホームルーム教室に行くと、フローリングの床はビニールシートで青1色になっていた。

 2割ほどがジャージで作業をしている。

 舞台監督役の女子が腕組みをしながら俺たちを出迎えた。


「やっと主役の登場ですか」

「お待たせ」

「早速試着するから、真はこっちね。水谷はこれ持ってって」


 桜川はパネルで区切った舞台袖へ、そして俺は工具箱を持たされる。


「作業の手伝い、よろしく!」

「場所は?」

「外。ダッシュで」

「あいよ」


 息をつく間もなく、部屋を追い出される。

 せめてもう少しだけ作業風景を見たかった。




 昇降口に出てみると、こちらもビニールシートで地面の養生をしていた。

 外の空気よりも、ペンキや木材の匂いの方が圧倒的に強い。

 俺は自分のクラスが作業をしているスペースを見つけると、班長役に指名されていた男に声をかけた。


「ちわー、お届け物でーす」

「おう、来たか。遅いな」

「これでも最速で来たんだけどな」

「御託はいい、さっさと手伝え。お前はそこの角材切れ。もう線は引いてあるから、切る場所間違えるなよ」

「了解」




 作業自体はものの数分程度で終わると思っていたが、切っていくそばから追加の資材が積まれていき、終わる頃には30分以上経っていた。


「そろそろ休憩しようぜ」

「おう」


 夏はとうに終わったはずなのに、まだ外は暑いし汗が出る。

 今年は四季が狂っているとしか思えないありさまだ。

 ビニールシートの上で転がっていると、班長の携帯が鳴った。


「どうした?」

「これから上でお披露目兼ねたリハやるとよ」

「そうか。じゃあ一旦撤収だな」

「そういえば、水谷たちは午後来れるのか?」

「さあな。向こうの進捗次第ってところだ」


 と言ってもやることなんて生徒会室の装飾くらいなので、もう終わっているかもしれない。


「まあ、あまり期待はしないでおくとするよ」

「そうしてくれると助かる」




 教室に戻ると、桜川がいつもの制服ではなく舞台用の衣装を着ていた。

 あまりの変貌に、俺はあっけにとられてしまい直視すらできない。

 なんとか理性を総動員して目を向けると、幸か不幸か目が合ってしまった。


「ど、どうかな……? 似合う……?」


 頬を紅潮させるその姿は、もはやただの乙女。

 しかし桜川の衣装は水色のドレス。よく女王が着ているような、裾の長いタイプだ。

 役もその通り、童話の女王様である。


「あー、うん……そうだな……」

「ほらほら正直に言いなさいよ、似合うっしょこれ!?」


 衣装担当の女子がぐいぐいと迫ってくる。

 顔が近い。


「なんだ、その。いいんじゃないのか」

「もっと他に言うことあるでしょうが、世界一可愛いとかさぁ」

「え、世界一は流石に……そんなこと、ないよぉ……」


 あのー、会長。まだ言ってもいないのに恥じらうのやめてもらえますかね?

 奴らの視線が妙に突き刺さってとても痛いんですけど?


「ねえ、水谷。1つ聞いてもいい?」

「何だよ」


 にやにやしながら聞いてくることなんて、絶対ろくでもないんだろうな。


「アンタ、いつから真と付き合ってるの?」


 脊髄反射で答えた。


「付き合ってねぇっ!」

「付き合ってないっ!」


 答えたのが俺だけならまだしも、桜川の奴がユニゾンしてきやがったおかげで、この日以降「生徒会長に男が出来た」という戯言ざれごとが全校に広まることと相成った。

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