第10話 浴衣少女と夜空の大花

 生徒会夏合宿が終わり、帰ってきて早々山のような宿題も片付け、残すはゆるやかな堕落の日々に終わりが告げられるのを待つのみとなった。

 俺はセミ達の輪唱を遠くに聞きながら、旅行中に録り溜めていたテレビを消化していた。


「ねぇお兄ちゃん」


 ソファの隅で寝転んでいた妹がのそのそと起き上がる。


「んあ?」

「今日のお祭り、行くの?」

「ああ……」


 今日は確か、近くの神社で夏祭りの日だったな。去年は人手が足りないと半ば無理矢理屋台の手伝いをされたことは今でもはっきりと根に持って覚えている。


明里あかりはどうするんだ」

「行くに決まってるじゃん。友達と約束もしてるし」

「そうか」


 来年はまず間違いなく行けないだろうし、ついでにお参りやらしておいた方が御利益があるかもしれない。

 俺も行くよ、と返事をしようとしたとき。

 唐突に着信音の二重奏が始まった。

 片方は俺、もう片方は妹だった。

 ほぼ同時に携帯をとる。こちらの相手は桜川。


「あいよ」

『カイト君、今夜は暇?』

「……今夜?」

『うん。近くの神社でお祭りやってるって聞いて』

「まさか一緒に行かないかって言わないだろうな」

『もしかして、相手がいるとか? まさかそんなわけないよね?』

「さらっと猛毒吐くんじゃねぇ」

『はいはい、ごめんね。それで予定は空いてる?』


 すると、妹がちょんちょんと服を引っ張ってきた。

 ちょっと待て、とだけ言ってミュートする。


「どうした」

「友達が急に来れなくなっちゃったって。お兄ちゃん一緒に行こう」

「なんでだよ」

「だって今時女の子が1人で出歩けないよ、しかも夜に。それに可愛いんだからなおさらでしょ」


 最後の余計な一言は聞かなかったことにする。


「あー、待ってろ」


 桜川との通話を再開する。


「もしもし」

『はいはーい』

「1つ、いいか」

『なに?』

「うちの妹もおまけでついてきちまうんだが、いいか?」

『ふーん。そう』


 突如、桜川の口調がフラットになった。


「何だよいきなり」

『カイト君ってホントに女の子が好きだね-。私の次は妹ちゃんですか』

「俺の認識ではお前も妹も女のうちに入らないんだゴフッ!?」


 語尾がおかしくなったのは妹に脇腹を突かれたせいだ。

 俺を鋭くにらみつけるその力強さは、まさに修羅像のごとし。


「お兄ちゃん……?」

『カイト君? どうしたの?』

「あ、いや、なんでもねぇ」


 果たしてどちらに返事をしたつもりなのか、正直分からなかった。


「とにかくだ、妹もついてくるがそれでもいいか!?」


 こうなれば無理矢理にでも事を終わらせる方が気楽だ。


『オッケー。じゃあ、6時に鳥居の前ね』

「あいよ」


 電話を切ったその瞬間に思い出す。

 不機嫌なままの明里を放置していたことを。




 結局、屋台で好きなものを1つおごるということで事態は決着を見せ、昼過ぎから妹はいそいそと浴衣の準備を始めた。


「おい、いくら何でもせっかちすぎないか」

「いーのいーの、着替えに手間取って遅れるよりかはいいでしょ。それにお兄ちゃんの彼女さんも見たいし」

「俺にそんなのがいた覚えはねえぞ」


 桜川の素性は伏せて「クラスメイトで生徒会長」とだけしか言わなかったのだが、何をどう早合点したのか。


「えっ、デートのお誘いが来るってことはそうじゃないの?」

「どうせアイツの気まぐれ、もう毎度のことだ」

「ふーん。でもさ、やっぱり女の子が自分から誘いに来るって、そういうことだと思うよ?」


 なぜいくつも年の離れた妹なんぞに恋愛指南などされなければならないんだ。


「余計なお世話だ」

「余計で結構」


 明里が顔を寄せる。


「でも、いつまでもぼーっと指くわえてみてたら、そのうち誰かにとられちゃうよ?」

「知るかそんなもん。俺には関係ねぇよ」


 アイツが誰と付き合おうが俺には関係ない。

 ……というかそもそも、桜川の恋愛対象ってどうなんだ?




「明里、行くぞー」

「お兄ちゃん、ちょっと待って」


 慣れない草履のせいか、いつもより歩みは遅い。


「大丈夫か?」

「慣れれば平気」

「無理すんなよ」

「うん」


 神社につながる通りに入ると、境内に近づくにつれ人口密度が上がっていく。


「毎年ながらすごいね」

「そうやってよそ見ばっかしてると迷子になるぞ」

「もう中2だから迷子になんかなりませーん」

「そうじゃねえ、人ごみに紛れたら探せなくなるから気をつけろよ」

「はーい」


 どうにか鳥居までたどり着くと、桜川を見つけた。

 こちらも浴衣を着ていたが、だいだい色をメインとした明里のものとは違い、紺色で大人しそうな女子に見える。

 色ひとつでここまで印象が変わるとか、人間の頭っていい加減なんだな。


「あ、カイト君」

「よう。待たせたな」

「ううん、待ってないよ。そっちが妹ちゃん?」

「ああ、妹の明里だ」

「初めまして、いつも兄がお世話になっています」

「こちらこそ初めまして、カイト君のクラスメイトの桜川真です」


(見かけ上は)女子を2人も連れているので、なかなかに緊張する。


「こんな所に突っ立ってると邪魔だから、屋台行こうぜ」

「そうだね」

「ところでお兄ちゃん、昼間の約束忘れてないよね?」

「ああ……」


出来れば忘れていて欲しかった。


「約束って何?」

「聞くな。そして明里は嬉々として答えようとするな」


 2人の表情が、息を合わせる様子がなかったのにも関わらず完全にシンクロした。


「そんなふくれっ面をされても困るんだが」

「カイト君がガールズトークの邪魔をするからいけないのです」

「俺のプライバシーはどこに行った」

「お兄ちゃん、そんなものあるわけないでしょガールズトークに」

「開き直るんじゃねえ。というか本人のいるところでそんな話をするな」

「頭のふるーいカイト君がこうだから、あとでこっそりね」

「そうですね」


 頭が古いってなんだよ。

 俺の気分とは対照的に、仲よさげにしている2人が少し腹立たしかった。




 来た道を少しだけ戻り、3人で金魚すくいやら射的をやった。

 明里にはかき氷をおごったところ、桜川にもせがまれ財布が想定よりも薄くなってしまった。日も落ち夜の色が濃くなってきたところで、2人に声をかけた。


「そろそろ神社行こうぜ」

「そうだね」

「神社で何かあるの?」


 桜川の質問に答えたのは明里だった。


「ここから少し歩いて行ったところに海水浴場があって、そこで毎年花火大会があるんですよ。で、神社が見ての通り山の中なので、結構よく見えるんです」

「あ、そうなんだ」


 昼間の電話からして祭り自体も知らなかったようだし、花火大会とは銘打ちながらもそこまで規模は大きくないので無理もないだろう。


「打ち上げまではまだ時間あるんですけど、混み始めると境内にも入れなくなっちゃうんですよ」

「そんなにすごいの?」

「海沿いの方はもう入れなくなってるんじゃないか」

「それはそれは……じゃあ、期待してもいいのかな?」

「ま、そこはお楽しみってところだな」


 鳥居をくぐり、拝殿につながる石段を上がる。

 中腹あたりに現れた小道に入ってさらに奥へ。

 なかなか気づかれない道なので、人通りは減っていた。


「この道の先にも小さな拝殿があるんですけど、地元に住んでる人しか来ないんですよ」

「2つもあるんだ」

「正確にはこっちは呼ばわり山っていうんです」

「呼ばわり山って、昔の言い伝えで行方不明になった人の名前を呼ぶと戻るっていうところでしょ?」

「真さん、お詳しいんですね!」

「まあ、生徒会長ならこのくらい、常識の範囲内だし」

「そう言う割にはお前、この間の抜き打ち漢字テスト、1点落としてたよな」

「うるさい! 余計なこと言わないの!」

「お兄ちゃん、あんまり騒がしくしないで」


 俺が悪いのかよ。

 何はともあれ、周りが開けているので花火を見るにはもってこいの場所、ということだ。

 既に呼ばわり山の付近には人が集まっている。


「あと5分、ってとこだな」

「カイト君、海岸ってあそこ?」

「ああ、今年も結構な人数だな」


 遠目に見える砂浜は、すでに海岸線が見えるかどうかというほどだった。


「どのくらい打ち上げるの?」

「そんなに長くはない、せいぜい数分だな。祭り自体屋台がメインってところだ」

「じゃあ、花火がシメなんだね」

「シメっていうと微妙に違うような気もするけどな……まぁクライマックスだから同じか」

「お兄ちゃん、そろそろだよ」


 妹に言われ、3人揃って空を見上げる。

 海から、1本の細い線が上がった。

 線が消えると、大きな緑色の花が開き、周囲から歓声が上がった。俺たちも例外ではない。


「綺麗……」


 右隣で桜川があっけにとられたような呟きをしていた。

 気がつけば、右手がふさがっている。

 柔らかい。その儚さは今目の前に上がっている花火のようだった。

 その瞬間だけ、花火を見上げていることすら忘れ桜川の横顔を見つめていた。

 そろそろ付き合いも去年から数えて1年半になるこのクラスメイトだが、相変わらず不思議だ。

 男なのに男とは思えないし、それどころかこちら側をドキドキさせてくる。

 ……まさか俺に気があるとか言い出さないよな。いや流石にそれは考え過ぎか。いや待てそう見せかけて実際は……。

 思考がループし始めたので強制的に遮断し、花火鑑賞に戻った。




「お兄ちゃん、何してるの?」


 打ち上げが終わり境内を出ようとしたとき、明里がじっとこちらを見つめながらそう言った。

 ふと手を見れば、まだつないだままだった。


「あっ……」

「あ……」


 先に声を上げたのは桜川だった。

 明里は嬉々として告げる。


「お兄ちゃんの相手が真さんなら、あたしは応援しますよ」

「いや、別にそういうわけじゃ……」


 顔を赤くして言うなよ。本当に。

 さっさと桜川の手を振り払う。


「明里」

「なに?」

「今見たものは全部忘れるんだ、いいな?」

「どうしようかなぁー?」


 ニコニコと意地の悪い笑みを浮かべている我が妹をにらむ。


「なんだよ?」

「こういう隠し事ってさ、口止め料は必須だと思うよ?」

「どこでそんなやり口覚えてきたんだお前は……」

「うーん、どこだろうね」


 結局言いくるめられてしまい、また一段と財布が薄くなった。

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