後編 秋桜祭

第14話 秋桜祭Ⅰ

 そんなこんなで、一般入場の時間を迎えた。

 生徒会室は学校案内として、受験生や保護者の相手をするのがメインだ。

 当然、駆り出されるのは役員なわけで。


「つっかれたー……」


 生徒会長は学校の顔である、と誰が言い出したのかは定かではないが、ともかく桜川と俺は学祭のシフトが1番多く、開場から3時間以上ひっきりなしに訪れる受験生への応対に追われていた。

 昼時になって、ようやく部屋は一時の静けさを取り戻す。

 余りの疲労に昼食の弁当を開けるのすら面倒になり、ふたり机に突っ伏して休憩する。

 ちなみにドア前のプレートはひっくり返してあるので、誰かが不意にやってくる心配もない。

 だがしかし、生徒会の役目はそれだけではない。


『インフォメーションから本部、どうぞ』


 そう、学校祭本部である。

 流石に盗難のたぐいは教師に任せるほかないが、それ以外の運営、例えば落とし物や迷子探しは生徒側で受け持つ仕組みだ。

 全部やってくれよと思うのだが、名目上は「学校祭は生徒主催」なので致し方ない。


「無線近いからお前、出ろ」

「やだー。カイト君がとってよー」

「俺じゃ手が届かねえし、やだじゃねえ」


『インフォメーションから本部、どうぞ』


 机に置かれた無線から発せられる語気が強くなった。


「ほら、怒ってんぞ。早くしろよ」

「ドケチ。女の子をこき使うなんてサイテー」


 もう、突っ込むのはやめよう。野暮だ。


「なんでもいいから取れよ」

「はいはい……こちら本部、どうぞ」


 マイクのコードを手繰り、投げやり気味に桜川が応答する。


『迷子だそうです』


 その瞬間、俺は飛び起き紙とペンを引っ張り出し筆記の用意を、桜川は表情を一気に厳しくさせる。

 無線の声が淡々と情報を伝えた。


『4歳の男の子、名前はオカジマユウキくん、青色の半袖シャツにグレーの短パン着用。高1の演劇を観たあとにはぐれてしまったそうです』

「親御さんは?」

『先生方にも連絡して、応接室で待ってもらっているそうです』

「了解。本部から巡回各局、迷子事案発生……」


 俺が差し出したメモを見ながら、情報を拡散する。


「巡回担当者は当該児童を発見次第、本部に発報の上応接室に案内すること。以上」


 無線を切ると、振り返って俺に一言だけ告げる。


「もう、やだ」


 あの桜川の目が、死んでいた。




 10分後、俺たちとの交代で菊池が現れた。


「おふたりとも、長時間お疲れ様でした。本部業務は交代します」

「うん、後はよろしく……」


 桜川がものすごく疲れた顔で引き継ぎをしている。


「会長、どうしましたか?」

「会長って……?」


 ついに自分の役職まで忘却の彼方に置いてきてしまったようだ。

 あとのやりとりは俺が引き取る。


「昼までノンストップだったからな、流石に体力なくすぜ」

「そうですか……」

「つーわけで、こっちはたっぷり休ませてもらうから後は頼んだぞ」

「了解しました」


 バッグを片手に半分ゾンビと化した生徒会長を引き連れ、教室へと向かった。




「あ、まこぴーに水谷、お疲れー」

「おつ……」

「おっす。そっちはどうだ?」

「うーん、まあそれなりかな」


 わがクラスの内容は、演劇。

 なぜかこの学校のクラス企画の2、3割がそれだ。

 だが不思議なことに、演目は決して被らない。もちろんクラス間で取り決めをしているでもない。


「席は毎回6割くらい埋まってる感じかなー。なんかねぇ、来る人は身内がちょっと多いかも」


 裏で休憩していた女子が近況を伝えてくれる。

 舞台の方も昼休みだが、あまり表を散らかしたくないらしく、そっちで休んでいるメンバーは少なかった。というよりも、最後の学祭を盛大に満喫しているのだろう。


「ところで、まこぴー何かあったの?」

「そっとしておいてやってくれ……」


 目に映るのは、椅子に座り、虚空を見上げたまま微動だにしない桜川の姿。

 まるで対局相手に魂を吸われたどこかの将棋棋士のようだ。


「2時から主演だけど、大丈夫かな……」

「さあな……」


 とりあえず不安なので、声をかけてみる。


「おーい、飯食え飯」


 返事がない。ただの屍のようだ。

 だが、しばらくして返事があった。


「かゆ、うま……」

「ふざけている暇があるんだったら何か食え」


 すると無表情でカバンから弁当を取り出し、もそもそと食べ始めた。


「どうなってるの……?」

「食べたら再起動するんじゃないのか」


 俺もいい加減昼飯が食いたい。

 心配そうな目線を送る彼女を尻目に、自分の弁当を開いた。




「ごちそうさまでした!」


 結局ただの電池切れだったのかはよく分からないが、ともかく桜川は復活した。


「まこぴー、大丈夫?」

「大丈夫、問題ない」


 椅子から飛び上がり大きく伸びをしながら言う。


「カイト君、他の企画見に行こうよ」

「なんで俺なんだよ、1人で行って来い」

「じゃあ、巡回しようか。生徒会だし」

「さっきまで疲れたって言ってたろうが」

「さっきはさっき。今は今」

「午後のリハはどうすんだよ!」

「水谷、それくらいいーじゃん。せっかく女の子が言ってるんだからさ。それにリハなんて機材チェックくらいだよ?」

「そういう問題じゃねえだろ」


 というか、しばらく動きたくねえ。それに他の企画なんて興味もないね。


「はい行くよ行くよー」

「おい待て! 無理矢理引っ張るんじゃねぇ!」


 桜川に半ば引きずられるようにして、俺は教室を出ていった。

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