第8話 サイダーとかき氷、そして
翌朝、朝食に指定された時間の10分ほど前にダイニングに行くと、桜川以外の全員が来ていた。
「アイツはまだ来ていないのか」
「水谷先輩と一緒に来るかと思いました」
川上がいつもの低血圧な声で返す。
「単なる寝坊の可能性というのもありますから、一応呼びに行った方がいいかもしれません」
「そうだな……」
ここは表向き同性である川上に、鍵を持たせたうえで呼びに行ってもらうのが妥当だ。
しかし桜川は男。万が一の不慮を考えた方がいいかもしれない。
俺が思案していたところへ、楓さんが現れた。
「もし風邪とかひいてたりしてたら大変だから、私が行くよ。ちょっち朝遅くなっちゃうけど、いいかな?」
「構いません」
渡りに船と、俺は即答した。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言い残して部屋から消えた。
2、3分ほどで楓さんは戻ってきた。
だが、その顔はやや深刻そうだった。
「何かあったんですか?」
「うん、ちょっと具合悪いって。 熱はないみたいだし、薬は渡しておいたからしばらく寝ていれば大丈夫だと思う」
「そうですか……」
「いやー、どうしようかな。今日は庭でバーベキューパーティーでもやろうかなって思ってたんだよねぇ、昔から真が好きだったから。ついでにプールも開けてさ」
出発前にそんな話を聞かされたような。
「真抜きでもやっちゃおうか? 多分午後になれば動けるくらいにはなると思うし」
「重くはないんですよね?」
「顔色見た限りでは、ね」
「……だそうだ、どうする?」
壱番先に口を開いたのは菊池だった。
「あの人のことですから、準備が終わったころに匂いを嗅ぎつけて飛び起きてくるんじゃないでしょうか」
「そんなどこぞの朝倉じゃねえんだからよ……」
「ちょっと、何ですかそれ」
今の抗議の声は聞こえなかったことにする。
「あはは、それはありそうだね」
と、お腹を抱える楓さん。
「申し訳ないような気もしますが、いいでしょう」
川上も賛成した。
「で、残りのお三方は?」
「いいと思います」
「賛成です」
「プール入りたいです!」
予定調和のような気もするが、ともあれ全会一致なので桜川に文句を言われても大丈夫だ。
とりあえず、朝倉はプールに叩き込んでそのまま置いて帰ろうと思う。
「肉、焼けたよー! お皿持って来て―!」
「了解!」
頭にバンダナを巻き、長袖をまくった楓さんの立ち振る舞いは、どこからどう見ても祭り屋台のおっちゃんにしか見えない。
少し離れたタープの日陰で、椅子に体を預け寝息を立てている桜川と、テーブルを囲んでいる女子たち。
桜川が庭に現れたのはタープを広げているところだった。
その時繰り広げられた会話の内容はなかなか忘れられない。
「お姉ちゃん、あれ痛み止めだったよ……整腸剤探すのに苦労したんだけど」
「え、違ってた!? お腹が痛いっていうから……ごめんね!」
とうとう実の姉にすら間違われるようになっていた。いや、姉の方がおかしいのだろうか?
とりあえず、この話は深く考えないでおこうと心に誓った。
テーブルに大皿を運び、自分も肉にありつく。
匂いをかぎつけたのか眠り姫(?)もようやく目が覚めたようだ。
「あー、いい匂い……」
「お前の分もあるから、慌てなくていいぞ」
桜川に紙皿と割り箸を渡す。
「ありがとう」
早速牛肉を1枚取り、塩をかけてほおばる。
「おいし」
「もう少ししたら野菜も焼くから、そっちの皿空にしちゃってー! よろしくー!」
「はーい!」
焼き肉奉行の一声に全員で唱和し、消化活動に全力を挙げる。
「会長、貰いますよ」
「あー! それ私が狙ってたのにー!」
「お前は子供か、後輩相手にムキになるな」
「だってさあ……」
「おひくほんほにほいひいでふね」
「朝倉、口の中のもんをのみ込んでから言え」
「お肉、ほんとに美味しいですね」
午前中腹下しを起こしていた桜川はお預けだったが、バーベキューの後にデザートと称してかき氷を振る舞ってもらい、いつもより3倍増しくらいで騒がしい生徒会だった。
……プールは結局入らずに終わってしまったが、水浴び程度には楽しめたから良しとしよう。
夕食後、そのままダイニングに残った俺たちは、楓さんと翌日の行程を話し合った。
「明日はねえ、オフシーズンのスキー場いくつか回ろうかって考えてるの。で、夕方そのまま温泉入らない?」
「温泉あるんですか」
「うん。スキー場じゃそっちも売りにしてるところもあるくらいだし、この時期だとゲレンデがみんなお花畑になってて、ゴンドラから見るとすごく綺麗なんだよ。あーでも、男の子たちはそういうのってそういうのあまり好きじゃなかったりする?」
「いえ、むしろ興味ありますね」
菊池の言葉に、俺と関口も賛同する。
スキー場と言えばまさに白銀の雪原といったイメージだが、夏はどんな姿になるのだろう。
「じゃあ、決まりだね。行き先は明日のお楽しみってことで、入浴セットは忘れずに用意しておいてね」
部屋に戻り、明日の準備をしている途中でふと手が止まった。
……桜川の奴、温泉はどうするんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます