第2章 生徒会夏合宿!

第6話 旅立ちの日に

 8月某日。

 桜川が企画した合宿の集合地点である、駅のロータリーにて。

(遅ぇなあ……)

 腕時計の時間を見ると、集合時間を大幅に過ぎており、他のメンツはというとバス停のベンチで日除けをしていた。


「暑いですぅ……もうダメかも……」

「合宿はこれからだ、いくら何でも早すぎるぞお前」


 相変わらず夫婦漫才めおとまんざいを繰り広げる中3の2人とは対照的に、一切口を開くことなく座っている残りの3人。

 俺はというと、次々ロータリーに入ってくる車やバスを眺めながら桜川が現れるのを待っていた。




 一般車ロータリーに、1台のワンボックスカーが入ってくるのが見えた。

 その中から現れたのはなんと待ち人の桜川。

 水色のジーパンにカーディガンを羽織り、頭には大きな麦わら帽子と、シンプルながら最低限の虫よけ日焼け対策はしているようだ。


「みんなー、遅くなっちゃってごめんね」

「全く、連絡くらいよこせっての」


 額にデコピンでも食らわせてやろうか、と頭の片隅で考えつつ、桜川に聞いた。


「ところで、あの車は何なんだ?」

「ああ、あれ?」


 答えようとした瞬間、運転席の扉が開き、乗っていた人物がこちらへやってきた。


「えーっと、私のお姉ちゃん。ゆうべ急に来て、送り迎えするからって」

「はじめまして、真の姉のかえでです。いつもがお世話になっております」

「こちらこそ、桜川先輩にはお世話になっています。今日からしばらくの間、よろしくお願いします」


 副会長が立派な挨拶を終えたところで、楓さんが車をさした。


「それじゃあみんな、荷物持って車に乗って。ペンションまで2時間か3時間くらいかかるから、途中のSAサービスエリアで休憩しながら行きましょう」


 桜川は助手席、2列目の運転席側から朝倉、関口、俺。サードシートに残りの3人が座ることになった。


 駅を出て、やや渋滞気味の幹線道路を裏道へ回避し、高速道路に入る。

 中央道の途中、談合坂SAで昼食を兼ねて休憩となった。


「お店いろいろあるから、ゆっくり回ってもいいよ。渋滞も始まってるし、まだまだ時間かかりそうだから」

「はーい!」


 やたら朝倉が元気に返事をしているが、建物に入った瞬間、盛大に腹を鳴らしたので驚くことはない。


「ちなみにここのオススメは、山梨名物のほうとうだよ。すっごく美味しいから、迷ったときはこれ! って思ってる」


 朝倉の目が獲物を狙う鷹の目になる。そんなに腹が減ってるのか、と俺は集団の後ろで隣の桜川と顔を見合わせ苦笑した。


「あの子ってば本当にもう……」

「良くも悪くも平常運転、だな」

「でも変にかしこまっててもそれはそれで不自然だから、これでいいのかな?」

「どうだろうな。とりあえず、一周見て回ろうぜ」

「そうだね」


 一旦その場で分かれ、俺は桜川と店を回る。

 俺は視線の端で、朝倉がうどん屋にまっすぐ進んでいくのを捉えていた。




 SAを出てしばらくはまだ渋滞が続いていたが、30分もしないうちにスピードメーターは3桁を示していた。

 高速を降りて、ヘアピンカーブを登って山道に入る。

 道中でいくつかスキー場の看板を見つけた。


「冬はかきいれ時だからさ、どこも埋まっちゃうんだ。代わりに夏はほとんど休業状態。こういう時期に人がいると逆に嬉しくなっちゃうね。というわけで、今夜の夕食は盛大に振る舞うのでお楽しみに。さぁ、もうすぐ着くよ」


 道路に何軒かペンションが立ち並ぶ、その1つ。

 見た目は豪邸のような、焦げ茶色の建物が旅の宿だった。


「荷物はダイニングまで持って行っていいよ、玄関入って右ね。真、部屋割りは決めてあるの?」

「うん」

「鍵はフロントに置いといたから、全部持ってって」

「はーい」


 2重扉の玄関を入ってすぐのところに、空っぽの棚があった。


「冬は玄関にストーブ置いてるから、そこでお客さんのブーツとか乾かしたりしてるの」


 すぐ後ろには桜川がいた。

 後ろの邪魔にならないよう急いで靴を脱ぐ。


「おじゃましまーす」


 続いて残りのメンバーが入ってくる。


「ダイニングはそっちだから」


 右を向いてみれば、突き当たりに扉が1枚。

 扉の先を進むと、そこは大きな吹き抜けになっており、空間の片隅にはグランドピアノが鎮座していた。


「すごい……」


 いつも表情の変わらない川上の瞳が、いつもより輝いているように見えたのは照明のせいではないだろう。


「そこのソファに座って。部屋割り言うから」


 小さなテーブルをはさんで3人ずつ座る。

 桜川はピアノを背にして立っていた。


「2階を貸し切ってあるから、1人1部屋でゆったり使えると思います。お風呂はここから反対側の突き当たりに男湯と女湯それぞれね。洗面所は階段上がったすぐのところだから。で、部屋割りはこの通りね」


 机に置かれた1枚の間取り図。

 桜川は廊下を通った1番奥の部屋で、俺はそのななめ向かい側。

 俺の部屋を起点に男子3人、反対側に女子3人ずつ。

 最後に、鍵が机に置かれた。


「鍵はこれね。それぞれの部屋番号のを持っていって」

「そうそう、夕食は6時だからまたここに来てね、よろしく。あとは各自の部屋で好きにしていいよ」


 キッチンから顔を出す楓さん。


「ということだから、のんびりしてていいよ。お姉ちゃん、お風呂は?」

「24時間、営業中ー」

「……だそうです、なので順番に入っちゃって。私は最後でいいから」


 各々鍵と荷物を持ち、ダイニングから退出していく。

 部屋に入ってベッドに倒れこんだところで俺の記憶は一時途切れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る